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観能10年10カ月から

  2. 能楽初鑑賞

   橋岡久馬師の思い出(その1)

    平成16年元旦、私は日本の伝統芸能である「能・狂言」を勉強してみようと思い立った。
    これから仕舞や謡曲、或いは笛・鼓・太鼓を習おうと言うものではない。もっぱら、鑑賞
    一本やりで行こうと思った。
 
    直接のキッカケは、NHKで放映された梅若六郎師 (註:梅若玄祥) 出演の「課外授業 よう
    こそ先輩!日本の心を能で知ろう」の番組を見たからだ。師の学童後輩に体する暖かい
    まなざし、能への深い思いが印象的だった。

    この5月、65歳になる私は、仕事人間専一から解き放されようとしている。これからの
    人生は、相応の経験を積んだあとに来る「至福の時」なのだ。
    55歳で始めた油絵制作とこの能楽、上手く両立させて行こうと心に決めた。
                               (平成16年1月11日 記)


     (その2)

    能楽の初鑑賞は、平成16年 (2004年) 1月16日、会場は千駄ヶ谷の国立能楽堂であった。

    16日金曜日午後6時、私は初めて国立能楽堂に足を踏み入れた。生まれてこの方、生の能
    を見たことがない。些か胸の高鳴りを感じながら、それでも事前に能の入門書なるものを
    一通り勉強して来たので、そう難しく考えなくてもよかろうと気楽に見ることにした。

    曲目は能「小鍛冶」、案内にはシテ観世流橋岡久馬と書かれてある。お囃子や地謡は、頗
    る心地よい。ところが、前シテ童子の動きがぎごちない。中入後、後シテの稲荷明神も
    ひょこひょことした動作で精彩を欠く。決してよい出来とは言い難い。
    初めて見た「ナマ能」だったが、少なからず期待を裏切られた。

    家に帰って橋岡久馬師の芸暦を見て驚いた。大正12年生れの80歳という高齢である。
    如何に今まで活躍した能楽師と言えども、素人目にも判るこの芸では、引退の時期が近い
    のではないかと思った。                (平成16年1月17日 記)


     (その3)

    3月21日新聞朝刊 橋岡久馬師の死亡記事
     精密な解釈と劇的な表現で鬼才といわれた観世流能楽師、古典の大曲を得意とする
     一方、免疫学者の多田富雄さん (註:22.4.21逝去) の新作能で、脳死を主題とした
     「無明の井」や朝鮮人の強制連行を主題にした「望恨歌」を初演した人。享年80

    思うに、死の直前、最後であっただろう師の「小鍛冶」の舞台が、私の能鑑賞の記念
    すべき第一歩と言うのも何かの縁。師のご冥福を祈りながら、一層能の勉強 (鑑賞) に
    励んで行こうと思う。                 (平成16年3月21日 記)
    

     (その4)

    私の生能初鑑賞は、橋岡久馬師の「小鍛冶」であった。師はその後体調をくずされ、平成
    16年3月21日に逝去された。多くの方が師の思い出を語っている。それらを拝見すると、
    色々な意味で並みの能楽師ではなかったことが判る。

    初めて見た能舞台の橋岡久馬師、それを随分期待はずれの演技だと感じ、私が能はあまり
    面白いものではないと思ったのは事実。しかし、あらかじめ師のことを調べておいて舞台
    に臨んだならば、また違った答えが出ていたであろう。

    初鑑賞から4カ月、既に42の能を見てきた。私が現状、能が面白くて鑑賞を続けている
    のは確かだし、これからも変わることはないだろう。久馬師の導きかも知れない。

    7月7日、国立能楽堂で予定されていた能「隅田川」橋岡久馬、代演梅若六郎と発表され
    た。是非とも鑑賞したい。               (平成16年5月16日 記)



10年10カ月 | 08:46:15

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