「一字 一句」
   
12 | 2015/01 | 02
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

観能10年10カ月から

   (その9)

  佐野 萌の「羽 衣」

   この曲は、能の代表的な曲で且つ人気曲、上演頻度も極めて高い。私の観能暦10年10カ月で、
   37回観てきた。宝生流の長老 佐野 萌 (故人 平成21年逝去 享年81) が、平成20年2月10日
   「宝生会月並能」で舞った「羽衣」が印象深い。



    シテ:佐野 萌  ワキ:野口敦弘 ツレ:野口能弘・野口琢弘
    笛:一噌仙幸 小鼓:曽和正博 大鼓:安福建雄 太鼓:金春惣右衛門
    地頭:三川 泉 主後見:渡邊荀之助

   これまで、「羽衣」を11回観てきたが〈これぞ「羽衣」〉と言う舞台に、お目にかかった
   ことがない。だが、今日の 萌の舞台を観て大いに満足した。

   現在の宝生流は、英照宗家が平成18年に実質引退 (註:平成22年4月1日逝去 享年52) して、
   長老と言われる、三川 泉 (人間国宝・86)、今井泰男 (87)、近藤乾之助 (80)、佐野 萌 (80)
   らが引張ってきた。

   私自身、萌の舞台はあまり回数観てないが、17年9月に観た老女物の「姨捨」が強く印象に
   残る。自然体で演じる、巧い役者だなあと思った。
   
   小書に盤渉が付いて、「太鼓盤渉序之舞」が演じられた。大きな袖を羽のように広げ、大空
   で羽ばたく鳥のように軽々と舞った。その天女の出立は、黒地紅入縫箔腰巻に薄黄色の舞衣、
   月輪の天冠を着け、面は宝生名物「泣増」を掛ける。舞台に映えて、実に美しい。

   囃子方は超一流の面々、地謡は地頭 泉始め実力者ばかりで構成。ワキ 敦弘の弱さが懸念され
   たが結果は吉と出て、シテを盛り立て勢いつかせた。全体に、調和の取れた好舞台であった。

                            (平成20年2月13日 記)




観能10年10カ月から

  (その8)

 友枝昭世の「隅田川」

  故 片山幽雪師のご逝去もあり、暫く中断していた〈観能10年10カ月から〉、印象に残った舞台を
  紹介する。平成22年(2010)12月11日の、能楽協会主催「ユネスコ能」第三回公演、 友枝昭世の
  「隅田川」である。
  昭世は、喜多流職分会の代表で人間国宝 (平成20年認定)、人気・実力とも能楽界の最高峰。今迄
  45回のシテ舞台を観てきたが、不出来と言う舞台は皆無である。だが、如何なる名優でも曲種・
  曲柄により、得手不得手はある。
  名曲「隅田川」の 昭世の舞台は、平成19年1月24日と、紹介する22年12月11日の2度観ている。


  
   シテ:友枝昭世  子方:友枝大風  ワキ:森 常好  ワキツレ:舘田善博
   笛:一噌仙幸 小鼓:曽和正博 大鼓:安福建雄  地頭:粟谷能夫 主後見:香川靖嗣

  主人公は、我が子梅若丸を人商人に攫われて心乱れた母 (狂女) である。遥々都から我が子を尋ね
  て、東国隅田川に辿り着く。だが、母の前に現れたのは梅若丸の亡霊であった。大小前に、小さ
  な作り物の塚を出す。

  昭世 (昭和15年3月24日生れ 70才) の「隅田川」は、3年程前に1度観ている。
  その時の印象は、「何とも不満が鬱積する舞台であった。昭世の芸が完璧で美し過ぎて、観る者
  の胸に打つものがなかったのだ。悲劇のドラマ (観客は皆そう思っている) であれば、もう少し
  泥臭い演技があってもよさそうなものだ」であった。

  能劇も、あまりリアル感を出し過ぎると能で無くなる。だが、今日の 昭世は、母の真情を美しく
  昇華させ、観る者をぐいぐいと舞台に引きつけた。1度目の舞台とは異なり、心に響く正に名演
  技であった。(上演時間80分)
                            (平成22年12月11日 記)




巨星堕つ! 片山幽雪師 逝去

 片山幽雪師 逝去

  文化功労者・日本芸術院会員で人間国宝の 片山幽雪師(観世流シテ方・京都在住) が、13日敗血症で
  亡くなられた。(享年84) 九世 片山九郎右衛門 (本名 片山博太郎)、銕仙会の観世華雪・雅雪に師事。

  母は京舞の四世 井上八千代、長女は五世 井上八千代 (銕仙会現当主 観世銕之丞の妻)、長男は十世
  片山九郎右衛門、孫に 清愛 (子方) がいる。

  私は、幽雪師のシテ舞台を14度拝見している。最も印象に残る舞台は、平成25年5月29日の、国立
  能楽堂開場30周年記念の特別企画公演「関寺小町」である。老女物の秘曲「関寺小町」、国立能楽堂
  の開場から、30年目にして初めての上演という。

  当日の「能 観まんま」から、観賞記録と感想を紹介して、幽雪師のご冥福をお祈りしたい。


  「関寺小町」
    シテ/小野小町 (老女) 片山幽雪   
     子方/関寺の稚児 片山清愛
     ワキ/関寺の住職 宝生 閑  ワキツレ/従僧 宝生欣哉・則久英志・大日方 寛
     囃子方/笛 藤田六郎平衛・小鼓 大倉源次郎・大鼓 山本哲也
     地謡/後列 地頭 梅若玄祥 副地頭 片山九郎右衛門 観世喜正・梅田邦久
        前列 山崎正道・味方 玄・味方 團・角当直隆
     後見/主 観世清和 副 大槻文蔵 青木道喜 

   能柄:三番目・老女物 所:近江・関寺 季節:秋・七月 作者:世阿弥
   作り物:大小前・藁屋 (横桟に短冊)

  老女物五曲 (関寺小町・檜垣・姨捨・鸚鵡小町・卒都婆小町) の中でも、最奥の秘曲と言われる
  「関寺小町」。今までに、4度 (梅若万三郎・今井泰男・観世清和・金春安明) 観てきた。

  能楽界の重鎮で人間国宝の、片山幽雪 (82才)・宝生 閑 (79才) の共演である。また、三代 (幽雪・
  片山九郎右衛門・清愛)、父子 (閑・宝生欣哉) の貴重な共演舞台でもある。

  囃子方は名手ばかり、地謡も 玄祥・九郎右衛門の他 実力者を揃えた。後見座には、清和宗家・
  文蔵らが付いた。清和は、前段の大半を、作り物の藁屋 (シテが着座している) の直ぐ後方に控え、
  幽雪の一挙手一投足を注意深く見守った。

  関寺の住職らが稚児を伴い、歌道を極めたと言う老女を尋ねる。藁屋の老女は、老残の境遇を嘆
  きながら、和歌の心得を説き懐旧の心を顕わす。

  藁屋の引き廻しが下ろされると、中には 幽雪が静かに着座している。閑が柔らかみのある謡で
  問いかけると、幽雪がとつとつとした謡で応える。だが、残念ながら 幽雪の調子が今ひとつ上
  がらず、後ろに控えた 清和が再三助け舟を出す。

  老女の正体が小野小町の成れの果てと判ると、僧は小町を七夕祭りに誘い出す。渋る小町だが、
  僧の助けを借り杖にすがって藁屋を出る。祭りの童舞を見ていた小町、次第に気分が高揚して、
  自らも杖をつき扇を持って舞 (「序之舞」) を舞い始める。

  中段ころからが 幽雪の真骨頂、〈藁屋で立上がり、出てのハコビ、そして舞い〉を、老体その
  まま自然体の姿で演り遂げる。正直なところ、前段は 幽雪をはらはらして観ていたが、クリ・
  サシ・クセ 以降、気力横溢して正に名人芸を見せてくれた。

  「序之舞」は凡そ20分余、途中シテ柱を背にして座り込む (休息)。その姿が、小さく、愛らし
  く、そして品もあって … 。隅々まで魅せてくれる、幽雪の至芸に酔った。

  終曲、橋掛りをこつこつと杖を鳴らして去る 幽雪に、「いつまでも、お元気で」と、思わず心
  の中で呟いた。(上演時間 105分)
                            (平成25年5月31日 記)




「二人展」のご案内

  能面打の 岩崎久人氏と、写真家の 森田拾史郎氏の「二人展」が、東京銀座の画廊で開催される。

  岩崎氏は1945年生れの69才、氏の打つ面は多くの能楽師により舞台に掛けられている。氏は、
  「面は美術品ではない、道具だ」が持論。
  森田氏は1937年生れの77才、武蔵野美大卒。能楽写真家の第一人者で、写真集・著書多数有り。

 
   会 場「かわべ美術」
        中央区銀座4-13-3 ACN HIGASHIGINZA BLDG 2F Tel 03-3542-3988
         東京メトロ「東銀座駅」5番出口より徒歩1分

   期 間 2015年(平成27年)1月20日(火)〜29日(木) 
        12:00〜18:00   24日(土) 12:00〜17:00  25日(日) は お休み




1月・2月の観能予定

 観能予定

  今年の能楽鑑賞は、私自身の健康管理のため、公演数を月4〜5回それも極力昼間の公演を
  優先することにいたします。好きな曲目、好みの能楽師を選んで鑑賞いたします。

 1 月
   4日(日) 観世能楽堂「観世会定期能」(鑑賞済み)
         「 翁 」 翁 観世清河寿  面箱 山本則俊  三番三 山本則秀
              千歳 観世三郎太
              小鼓 頭取 大倉源次郎 脇鼓 田邊恭資・鵜澤洋太郎 
              笛 一噌隆之 大鼓 亀井広忠
        能 「高 砂」 武田尚浩  「吉野天人」 小書:天人揃 関根祥六 
          「金 札」 山階彌右衛門
       狂 言「末 広」 山本東次郎
   12日(祝) 宝生能楽堂「銕仙会定期公演」
         「 翁 」 翁 観世銕之丞  面箱 内藤 連  三番叟 石田幸雄
              千歳 観世淳夫
              小鼓 頭取 大倉源次郎 脇鼓 田邊恭資・清水和音
              笛 松田弘之 大鼓 柿原弘和
        能 「葛 城」 小書:大和舞 清水寛二  「恋重荷」 山本順之
       狂 言 「成上り」 野村萬斎
  17日(土) 観世能楽堂「七拾七年会」特別公演
        能 「夜討曽我」小書:十番斬 武田文志 武田宗典
          「石 橋」(半能) 武田文志 武田宗典
       狂 言 「花 子」 山本則重
  25日(日) 観世能楽堂「第28回 檀の会」
        能 「清 経」 松本崇俊  「安 宅」小書:勧進帳・瀧流 松木千俊

 2 月
   8日(日) 宝生能楽堂「宝生会月並能」
        能 「草紙洗」 辰巳満次郎  「船 橋」 東川光夫
       狂 言 「千 鳥」 山本則俊
   17日(火) 国立能楽堂 鎌倉能舞台45周年記念公演「乱 能」 
          「 翁 」 翁 野村万作 (狂言方)
        能 「吉野天人」(半能) 一噌隆之 (笛方)  「安 宅」 飯田清一 (小鼓方)
          「鉄 輪」 善竹十郎 (狂言方)  「土蜘蛛」 大蔵千太郎 (狂言方)
          「高 砂」(半能) 観世元伯 (太鼓方)
       狂 言 「六地蔵」 舘田善博 (ワキ方)  「蝸 牛」 馬野正基 (シテ方)
   19日(木) 国立能楽堂「国立能楽堂企画公演」
        能 「花 筐」古作  大槻文蔵 (観世流)
   28日(土) 国立能楽堂 第二十四回「若手能」
        能 「敦 盛」 大島輝久 (喜多流)  「葵 上」清水義也 (観世流)
       狂 言 「昆布売」 深田博治




観能10年10カ月から

   (その7)

   柴田 稔の「隅田川」

    平成19年10月24日(水)、銕仙会能楽研究所「銕仙会青山能」での名曲「隅田川」の公演。
    観世流の中堅処、稔 (当時50才) の舞台である。大学出の能楽師で、昨年11月に舞台生活
    30周年記念で「道成寺」を舞った。「隅田川」は、今迄通算37回観てきたが、稔の舞台は
    12回目に当る。
    

     シテ:柴田 稔  子方:後藤真琴  ワキ:宝生欣哉  ワキツレ:大日方 寛
     笛:内潟慶三 小鼓:大倉源次郎 大鼓:国川 純 地頭:浅井文義 主後見:山本順之

    名曲中の名曲で人気曲だが、母子再会を果たせない悲劇の能である。名手が演じると、多
    くの観客が目頭を抑える。名手・名人でなくても、演じ方によっては観る者の心を打ち、
    涙腺を弛ませる。今日の 稔は、見事にそれを実証した。

    幕からの出は酷かった。緊張のためか 稔の謡はうわずり、狂い笹を持つ右手は異常に震え、
    ハコビもぎごちなかった。目深に被った笠が揺れ、当方もはらはらした。
    それを救ったのが、ワキ 欣哉の重厚でゆったりとした受け。地謡陣も、しっかりと支えた。
 
    渡守の語り、「父の名字を尋ねて候へば、我は都北白川に吉田の何某と申しし人の … 」で
    狂女は、その子が探し求める我が子だと覚る。稔の、作らない自然の所作が、効果的に働
    く。緊張の震えが、却って母の悲しい心情を増幅させた。その時 稔は、演技を超えて、
    愛児を失った悲劇の母、そのものであった。

    以降の 稔は、前段の不出来を超えて、独壇場の名舞台となった。子方も愛らしかった。
    思わず胸が熱くなった。
                           (平成19年10月27日 記)




観能10年10カ月から

  (その6)
    
  鵜澤 光の「葵 上」

   平成25年3月8日(金)、観世流・銕仙会定期公演での舞台。四番目鬼女物の「葵上」は、通算
   41回観てきたが、女流能楽師がシテを勤めたのは 光だけ。母親の 鵜澤 久は、女流の第一人者
   として定評があるが、若い 光も成長株である。


    シテ:鵜澤 光  ツレ:観世淳夫  ワキ:舘田善博  ワキツレ:森 常太郎
    アイ:山本則俊  笛:藤田次郎 小鼓:田邊恭資 大鼓:柿原光博 太鼓:梶谷英樹
    地頭:清水寛二 副地頭:西村高夫  主後見:山本順之 副後見:鵜澤 久

   光は、25年12月23日の「鵜澤 雅十七回忌追善能」で、大曲「道成寺」を舞う (披キ)。その
   ためにも、「葵上」を舞っておきたいと言う。気合い充分、迫力ある素晴らしい舞台を見せて
   くれた。

   般若の面を掛ける曲は、「安達原 (黒塚)」「葵上」「道成寺」だけ。昨年9月に、「安達原」
   を観たので、「葵上」を観ればアトは「道成寺」だけ。12月の披キが楽しみである。
 
   今日の舞台では、5人の次世代のホープが共演した。光の他、ツレ 淳夫、ワキツレ 常太郎、
   小鼓 恭資、大鼓 光博らである。

   光は、謡にしても型や所作にしても、女流を感じさせない力強さがある。淳夫は未だ20才、資
   質は十分にある。常太郎は姿態がよく、芸も徐々に向上している。恭資は、師の 源次郎に増々
   似てきた。光博の掛け声は父の 崇志似、打音の強さは兄 弘和に近づいた。
   彼ら若手が、年々成長して行くのが判り嬉しくなる。
                            (平成25年3月10日 記)




観能10年10カ月から

   (その5)

   高橋憲正の「清 経」

    平成25年9月14日(土)、宝生流九月「五雲会」公演での舞台。
    憲正は、金沢市出身昭和51年生れの38才。宝生宗家の内弟子を経て、平成19年に独立した
    若手精鋭。東京芸大では、坂口貴信 (観世流) と同期で親友同士。産經新聞の「花形出番で
    す」(26.11) にも登場 (貴信は、26.4 登場)。両者とも、次代の能楽界を背負って立つ逸材。

 
     シテ:清経の妻 憲正  ツレ:清経の妻 朝倉大輔  ワキ:淡津の三郎 福王和幸
     笛:槻宅 聡 小鼓:飯冨孔明 大鼓:亀井洋佑  地頭:金森秀洋 副地頭:東川光夫
     主後見:小林与志郎 副後見:朝倉俊樹

    若手実力者の 憲正、期待に違わず良い舞台を見せてくれた。芯のあるしっかりとした謡、
    柔らかみのある型と所作、日頃の修錬が舞台の上に出ている。

    妻役ツレの 大輔 (22才)、謡が一本調子で明瞭さを欠くが、なかなかの健闘である。長い
    下居姿が崩れず美しかったが、終演で幕へのハコビが粗雑であったのはよくない。
                           (平成25年9月16日 記)




新年のご挨拶

  新年 2015年 (平成27年) 明けましておめでとうございます。

  今年の能楽鑑賞は、月間4〜5公演に絞って、それも成る可く昼間の公演に行こうと
  思っています。

  本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。





最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード