「一字 一句」
   
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観能10年10カ月から

  7. 新春初夢能楽番付表

    某年1月1日、「初夢能楽番付表」なるものを発表して、少なからず物議を醸した。私が選ん
    だ、私好みの能役者なのでご勘弁願いたい。シテ方・三役の別や、流儀名などは省略した。
    大関・関脇には張出も置いた。


         東 方                  西 方

        宝生  閑      横  綱      片山 幽雪
        友枝 昭世                野村  萬
        梅若 玄祥      大  関      梅若万三郎
        亀井 忠雄                安福 建雄
        山本東次郎                野村 万作
        一噌 仙幸                観世 清和
        浅見 真州      張出大関      山本 順之
        香川 靖嗣                大槻 文蔵
        野村 四郎                藤田六郎兵衛
        柿原 崇志                塩津 哲生
        森  常好                福王茂十郎
        観世銕之丞      関  脇      金剛 永謹
        粟谷 明生                大倉源次郎
        曽和 正博                辰巳満次郎
        本田 光洋      張出関脇      今井 清隆
        金春 安明                片山九郎右衛門
        野村 萬斎      小  結      松田 弘之
        武田 孝史                観世 喜正               
        宝生 和英                味方  玄
        宝生 欣哉                福王 和幸
        殿田 謙吉      前  頭      三島元太郎
        馬野 正基                鵜澤  久
        金井 雄資                観世 元伯
        亀井 広忠                成田 達志
        山井 綱雄                一噌 幸弘
        大島 輝久                高橋 憲正
        武田 文志                坂口 貴信
        狩野 了一                和久荘太郎
        石田 幸雄                高澤 祐介
        坂 真太郎                野村 万蔵

       年 寄
        今井 泰男  観世 喜之  近藤乾之助  金春惣右衛門  
        関根 祥六  曽和 博朗  高橋  章  高橋  汎  
        三川  泉
                          (平成 某年1月1日 記)


観能10年10カ月から

 6. 関根祥人師逝去 の衝撃

   〈平成22年6月22日午後11時52分 急性大動脈解離で急逝 享年50〉 祥人師の突然の訃報に
   大きなショックを受けた。私はこの時、米国ミシガン州のアンアーバー(娘一家のところ)に
   居た。6月27日、偶々 KANZEnetの記事「『花祥会』が主催者の都合で中止」を見て、何と
   なく悪い予感がした。急いで新聞社の訃報欄を見て仰天、事実を知った。


    如何にもお若い、観世流宗家筋の中堅実力派で、私の最も好きな能役者であった。師の
    シテ舞台を初めて観たのは、16年8月12日の「雲雀山」。爾来、28回の舞台を観てき
    た。最後の舞台は、今年5月1日の「松風」。どの舞台も、師の全力投球の姿勢が感じ
    られ好感がもてた。特に印象深い舞台は、21年7月18日の「道成寺」と、22年3月
    14日の「求塚」である。
    父君 関根祥六師、愛息 祥丸君、そして奥様始めご親族の皆様方の無念を思うと心が痛
    む。近時、能楽師の方の訃報が続くように思う。健康管理は個々人の責任とは言え、
    能楽協会でも、会員に対し十分な注意を喚起するよう望みたい。
    返す返すも残念至極、心からご冥福をお祈りしたい。合掌
                    (平成22年6月27日 記/米国ミシガン州)



   「 祥 」 追悼 関根祥人師  後援会「祥の会」 (23年10月1日 発行)

   「いつまでも 君と共に」    二十六世観世宗家 観世清和
 
    昨年七月三日に君を送ってから、間もなく一年になります。まさか私が君の葬儀委員長
    を務めようとは思いもよらず、突然の訃報に接した衝撃はいつまでも私の胸に重く残っ
    て、あの暑い一日も、冷静になれと、何度も自分にいい聞かせながら過ごしました。

    同じ年に生れ、小学校以来学窓を共にし、また、観世宗家の内弟子として稽古の場も共
    にした君との思い出は尽きません。何ごとにもまっすぐに、精魂込めて取り組む君の姿
    勢に、私はいつも刺激を受け、君に負けてはいけないと、己を鼓舞することもありまし
    た。もっと君の舞台を見たかったし、もっと能について語り合いたかったと思います。
 
    七月三日、祥六さんは深い悲しみの中で「祥人は何ごとにも一生懸命に取り組み、一生
    懸命に生きた。そういう子であった」と振り返られました。

    本当にそうでした。君はいつも全力で舞台を勤めました。中でも私の記憶には「卒都婆
    小町」と「求塚」が強く残っています。きれいに肩の力が抜けて、いよいよ新たな境地
    に進もうとしている君がいました。

    もう舞台の上に君の姿を見ることができないのは本当に残念ですが、君との出会いを、
    その数々の舞台の思い出を、私はいつまでも忘れることはありません。
    祥人君、本当にありがとう。私はいつまでも君と共にいます。



   「祥の会」会員 寄稿

    「雲雀山」と「雷電」と「野宮」と    及部和良

     平成16年8月、観世能楽堂で荒磯能を観た。この日の「雲雀山」が、祥人師の
     シテ舞台初鑑賞であった。カケリ・クルイ・クセ・中之舞、シテが狂乱の態で
     舞うこの場面に見入った。師は45歳、その日の感想文には「次代を背負うホー
     プ」と書いた。
     翌年5月、師の「雷電」を観た。「抜群の身体能力と、圧倒的声量は驚嘆の一
     語」と書いた。この事が 祥人師に伝わり、「肝心の頭は空っぽということかな」
     と、苦笑していたと聞く。
     その年の9月「野宮」を観て、〈豊かな資質に加え高い技量・力量を備えた、
     スケールの大きな能役者〉だと覚り、すっかり 祥人ファンになった。
     爾来、シテ舞台を28回観てきたが、何れも誠心誠意の舞台に深い感銘を受けた。
     特に、19年4月の「熊野」、21年1月の「采女」、同年4月の「隅田川」、
     7月の「道成寺」、22年3月の「求塚」などが印象深い。
     最後の舞台は、22年5月1日、こしがや能を見る会 の「松風」であった。
     私がここまで、能の魅力に嵌まり観続けているのも、祥人師の存在が大きかっ
     たと思う。一年を過ぎようとしている今も、名手『関根祥人の死』を受け入れ
     られない自分に気がつく。
                          (平成23年6月1日 記)


観能10年10カ月から

5. 「能」鑑賞 2,000番の達成

  今振り返ると、昨年2月14日に達成した能観賞 2,000番のブログは、気負いと高揚感に溢れており些か
  お恥ずかしい。


  平成16年 (2004年) 1月16日 (金) 国立能楽堂での、故 橋岡久馬師 (観世流・当時80歳) の「小鍛冶」を
  観能初番目として、20年11月2日に 1,000番を達成、本日25年2月14日に 2,000番を達成した。
  平成16年の初年度は 151番、17年 217番、18年 214番、19年 229番、20年 234番、21年 229番、
  22年 247番、23年 238番、24年 213番と積み重ね、今年 28番の鑑賞で 2,000番となった。
  1,000番まで4年9カ月、2,000番まで9年1カ月を要した。

  何も、観能数を積み上げるのが目的ではない。だが、日本の伝統芸能である「能」を、5年で 1,000番、
  10年で 2,000番 観賞することを大目標としてきたので、今快い達成感はある。
  なお、「狂言」鑑賞数は 1,043番、公演数は 1,123公演、能の現行曲鑑賞数 (新作能を含む) は 239曲と
  なっている。
  また、観能1番毎に観賞記録・感想文を綴ってきたが、本ブログ「能 観たまんま」を開設 (平成19年5月
  17日) する前は、「能・狂言 独り言」として日記風に書き綴ってきた。現在まで欠かさず能楽鑑賞記録
  が継続出来ているのは、私の小さな誇りである。

  私は観能の心構えとして、 ① 中途入退場はしない ② 演目は全て (狂言・仕舞等を含め) 鑑賞する
  ③ 居眠りをしない を大前提としている。
  修錬を積み重ね一生懸命演じている、舞台上の演者に敬意を表したいからである。そして何よりも、私
  自身の観賞記録に正確を期したいためである。
                               (平成25年2月14日 記)


観能10年10カ月から

    4. 三老女物

       (その3)

         「関寺小町」
            平成16年02月11日  梅若万三郎 (観世流・63歳)
             〃19年09月02日  今井 泰男 (宝生流・86歳)
             〃23年07月01日  観世 清和 (観世流・52歳)
             〃23年12月04日  金春 安明 (金春流・59歳)
             〃25年05月29日  片山 幽雪 (観世流・82歳)


       (その3-1)

         観世清和の「関寺小町」

       三老女物の中でも最も最奥の秘曲と言われる「関寺小町」、観世流宗家 観世清和
       が52歳という若さでシテを勤めた。
       囃子方 大鼓の人間国宝「亀井忠雄の会 古稀記念」の会で、忠雄が宗家に要請して
       実現したとか。
       百歳老婆 小野小町を再現した見事な舞台で、特に、稚児の舞を見て心を動かされ、
       杖を片手に万感の思いを込めて舞う懐旧の舞が秀逸であった。
       シテとワキ 宝生 閑の名演技に加え、子方 観世三郎太の落着いた所作と舞、囃子方
       (藤田六郎兵衛・大倉源次郎・忠雄) や地謡陣 (地頭 梅若玄祥・副地頭 梅若万三郎)
       の充実で、素晴らしい舞台が堪能出来た。
                            (平成23年7月2日 記)



  

観能10年10カ月から

   4. 三老女物

      (その2)

        「檜 垣」 
           平成16年06月17日  浅見 真州 (観世流・63歳)
            〃16年10月31日  観世 喜之 (観世流・69歳)
            〃17年05月12日  観世 清和 (観世流・45歳)
            〃17年07月08日  観世銕之丞 (観世流・48歳)
            〃17年11月26日  大槻 文蔵 (観世流・63歳)
            〃18年11月23日  梅若万三郎 (観世流・65歳)
            〃19年02月23日  関根 祥六 (観世流・76歳)
            〃19年04月08日  今井 清隆 (金剛流・63歳)
            〃22年12月02日  友枝 昭世 (喜多流・70歳)
            〃25年10月18日  観世 清和 (観世流・54歳)


      (その2-1)

        関根祥六の「檜 垣」
      
      観世流宗家筋の実力者 関根祥六 (76歳) の「檜垣」、格別な気負いもなく、
      淡々と演じたと言う印象である。だが、その存在感は極めて大きい。前シテの
      百歳に及ぶ老婆、後シテ古の白拍子と名乗る檜垣女、何れも 祥六が舞台を独り
      占めしていて、ワキ住僧の影は全くない。
      謡・型や所作が、万事その役に自然に成り切っており、演技をしていると言う
      感覚はない。見事、という他に言葉が見当たらない。
                           (平成19年2月26日 記)


      (その2-2)

        観世清和の「檜 垣」

      観世宗家 観世清和 (54歳) の「檜垣」。百歳老女が主人公のこの曲は、高度な
      技量と芸格を備えた精神性も問われる。従って、相応の年齢と年季を積まない
      と演じられない。
      だが、清和は8年前45歳で「檜垣」を演じている。私はその舞台を観ているが、
      未だ瑞々しさを残す清楚で透明感のある舞台に感心した。
      今回の小書「蘭拍子」は、「序之舞」に替えて、特殊な足遣いの「蘭 (乱) 拍子」
      を舞う。清和の謡は、朗々としてやや声質を抑えているが芯は強い。
      眼目の「蘭拍子」は、小鼓 大倉源次郎との一騎打ち。道成寺のそれとは異なり、
      弛みと暖かみがある。
      ワキ 宝生 閑、地頭 梅若玄祥、笛 藤田六郎兵衛、小鼓 源次郎、大鼓亀井忠雄ら
      名手・名人が揃って、見応えのある名舞台を堪能した。
                           (平成25年10月20日 記)


観能10年10カ月から

    4. 三老女物

       (その1-4)

        観世銕之丞の「姨 捨」

      観世流銕仙会の当主 観世銕之丞 (55歳) が、老女物の大曲「姨捨」に挑んだ。
      上演時間150分、実に見応えのある立派な舞台であった。
      前シテの里の女は、中年の女性 (面は曲見) で、色無し唐織着流しの地味な出立ち。
      銕之丞の何時もの吠えるような声が影を潜め、柔らかみと芯のある謡いが心地よく
      響く。揺らぎのない上体は、滑るような美しいハコビを生み出す。
      後シテ老女の霊は、姥の面を掛け淡い茶色の入る白装束で、月の妖精と化した清ら
      かな出立ちである。老体ながら老いぼれ感は無く、銕之丞の身体はしゃきっとして
      不自然さも無い。
      見どころの昔を偲ぶ「太鼓序之舞」も、ゆったりと大きく舞って見事であった。
                            (平成24年7月1日 記)
     


       (その1-5)

        香川靖嗣の「伯母捨」

      喜多流の「伯母捨」は、故 粟谷菊生師 (当時72歳) により平成6年復曲上演 (流儀
      では180年振り) された。爾来、大島久見、友枝昭世、高林白牛口二の各師が演じ
      てきた。
      香川靖嗣 (68歳) は派手さの無い芸風だが、技巧的にも優れた能役者で、舞台上に
      独特な雰囲気を創り出す。
      ワキは人間国宝の 宝生 閑 (78歳) だが、病み上がりで艶やかな名調子:閑節 には
      ほど遠かった。アイは人間国宝の 山本東次郎 (75歳)、前場と後場の変容を暗示さ
      せる重厚な語りであった。
      靖嗣の謡はクセのない柔らかい響き、細やかな所作や舞を丁寧に演じて、品のよい
      老女を表現した。
      囃子と地謡が豊かにシテを盛り立てた。一噌仙幸の笛が冴え冴えとした月の光を、
      柿原崇志の大鼓が鋭い夜気を、大倉源次郎の小鼓が円やかな幽光を、そして、
      観世元伯の太鼓に、夜遊の舞の小気味良いリズムを感じて心地よかった。
                            (平成25年4月8日 記)


観能10年10カ月から
   4. 三老女物


      (その1-2)

       浅見真州の「姨 捨」

     能の秘曲で老女物の最高峰のひとつ「姨捨」、観世流の実力者 浅見真州 (68歳) の、
     平成11年初演以来10年振りの再演である。
     今回は照明に蝋燭の光を使い、薄明かりの中で老女が舞い遊ぶと言う幻想的な演出
     である。燭台が白洲に並び、橋掛りまで延びてその数22。舞台天井の照明を落すと、
     蝋燭の灯りが柔らかく演者をつつむ。
     後場がこの曲の主題となり、姨捨山に捨てられた名もない老女の一生を、月の光と
     ともに詩情的に描く。
     真州はこの後場を、余韻寂々とした舞いの所作で見所を魅了した。上演時間160分、
     秀でた技量・力量に加え気力に満ちた 真州の名舞台であった。
     終演後能楽堂を出て見上げた空に、中秋の名月が恰も舞台を讃えるが如く、光り
     輝いていた。                (平成21年10月5日 記)



      (その1-3)
       
       梅若紀彰の「姥 捨」

     硬質な謡や律儀な舞と型など、梅若紀彰 (55歳) らしさが出た「姨捨」であった。
     常よりやや声を抑え、しっかりと丁寧に謡って曲趣の雰囲気を作った。紀彰の、静
     かなる熱演が見事であった。
     この大曲を、この若さで上演出来た 紀彰の幸せを多としよう。
     地頭 梅若玄祥の存在が極めて大きい。地謡の力で 紀彰が、145分の長丁場を弛む
     ことなく舞い終えたと言ってよい。
     会場の梅若能楽学院会館は、中正面席上部に大窓 (磨りガラス) があり、自然光が差
     し込む。今日は晴天で太陽光が降り注ぎ、舞台は恰も月の光の如く白く輝いた。
     この現象が、曲の情趣を倍加させたのは間違いない。 
                           (平成23年11月21日 記)


観能10年10カ月から

  4. 三老女物

    10年10カ月の間に三老女物 (何れも三番目物) の舞台を、「伯母捨 (姨 捨)」16回、
    「檜 垣」10回、「関寺小町」5回 観てきた。それらを年代順に記し、特に印象
    深かった舞台の記録・感想を紹介する。


     (その1)

       「伯母捨 (姨 捨)」
          平成16年04月06日  友枝 昭世 (喜多流・63歳)
           〃16年10月17日  観世 榮夫 (観世流・77歳)
           〃17年09月25日  佐野  萌 (宝生流・77歳)
           〃18年03月25日  永島 忠侈 (観世流・66歳)
           〃18年11月23日  観世 清和 (観世流・47歳)
           〃19年10月07日  武田 志房 (観世流・65歳)
           〃20年10月18日  今井 清隆 (金剛流・65歳)
           〃21年02月10日  野村 四郎 (観世流・73歳)
           〃21年10月03日  浅見 真州 (観世流・68歳)
           〃22年10月03日  角 寛次朗 (観世流・71歳)
           〃23年09月25日  高橋  章 (宝生流・77歳)
           〃23年10月22日  山本 順之 (観世流・73歳)
           〃23年11月20日  梅若 紀彰 (観世流・55歳)
           〃24年06月30日  観世銕之丞 (観世流・55歳)
           〃24年10月27日  角当 行雄 (観世流・71歳)
           〃25年04月06日  香川 靖嗣 (喜多流・68歳)


     (その1-1)

       観世榮夫の「姨 捨」

     榮夫は初演に当り、「後場、老女の霊が姨捨山の秋の夜の清らかな月の光の中に
     現れ、澄みきった月光の中を戯れるように舞い遊ぶ存在である」「シテとワキと
     の間には、特別な人間関係があるのでもなく、互いに月の光の澄んだ透明な美し
     さの中に浸って行き、夜が明けるとともに帰って行く」
     「そこには年老いた老女の霊が捨てられたように残り、また土中に帰って行くの
     である」「月そのものではなく、月光の清く濁りのない美しさが描かれねばなら
     ないと思う」と述べている。
     頭から足の先まで白ずくめの老女 (霊) の、一挙手一投足が、この曲の全てを物語
     る。月の光に浮かび上がった 榮夫は、時にふわふわと、時に小さく縮こまり、そ
     れはそれは美しく可愛く自在に見えた。
     榮夫の技量に感動すると言うものでもない。その時その場に、榮夫の老女が居た
     と言うだけのことである。
     友枝昭世の「伯母捨」は、昭世の体現力が成せる高邁な伎芸に、感動と充足感を
     得た。榮夫の「姨捨」には、榮夫の伎芸に感動したと言うよりは、ごくごく自然
     なものの存在を、そこに確認しただけと言ってよい。
     私にとって、両者の「伯母捨」「姨捨」は、共に心に残る名舞台なのである。
                          (平成16年10月18日 記)

       註:観世榮夫 平成19年6月8日 逝去 (享年79)


観能10年10カ月から

  3. 「伯母捨」の初鑑賞(その1)

    平成16年4月6日国立能楽堂で、三老女物のひとつ「伯母捨」を初鑑賞した。シテは
    喜多流の 友枝昭世 (63歳) で、この他もワキ 宝生 閑、アイ 野村 萬、笛 一噌仙幸、
    小鼓 北村 治、大鼓 亀井忠雄、太鼓 金春惣右衛門、地頭 粟谷菊生らで、これ以上の
    演者は揃えられないと言う豪華さである。
    全演者・奏者が持てる力を発揮し、緊張感の中にも心地よい雰囲気が広がる150分で
    あった。昭世の前シテ里女・後シテ姥の演技は最高で、囃子方・地謡の見事さを加え、
    後世に残る名舞台であった。名手 昭世の、体現力が成せる高邁な伎芸である。
    終演9時、感動と充足感を抱いて、能楽堂上空のおぼろ月を背に家路へと急いだ。
                            (平成16年4月6日 記)


      (その2)

    今回、喜多流の 友枝昭世が「伯母捨」(他流では「姨捨」) を舞ったのは、10年前に
    同流儀の人間国宝 粟谷菊生が舞って以来のことのようだ。「檜垣」「関寺小町」と
    合わせ三老女物と言われ、何れも難曲で演者も限られている。
    「伯母捨」上演は、他流では珍しいことではないようだが、喜多流では先代の
    喜多六平太も 喜多 実も 友枝喜久夫も、生涯演じなかったそうだ。
    この公演の 昭世の挨拶の中に、「先人の方達が、さぞや泉下で苦笑していらっしゃる
    ことと思います」「能に目覚めた三十代の頃、装飾を取り去った能の本質そのものの
    ようなこの曲が、なぜ上演されないのか」「一生のうちに是非勤めたいと生意気にも
    考えたことを思いますと、この歳月への感慨も深いものがあります」として、この曲
    の上演が積年の念願であったことを吐露している。それだけに、並々ならぬ決意が感
    じ取れた。
    昭世師63歳、正にあぶらの乗った旬の能楽師と言える。 
                            (平成16年4月7日 記)


      註:友枝昭世 人間国宝認定 平成20年7月


観能10年10カ月から

  2. 能楽初鑑賞

   橋岡久馬師の思い出(その1)

    平成16年元旦、私は日本の伝統芸能である「能・狂言」を勉強してみようと思い立った。
    これから仕舞や謡曲、或いは笛・鼓・太鼓を習おうと言うものではない。もっぱら、鑑賞
    一本やりで行こうと思った。
 
    直接のキッカケは、NHKで放映された梅若六郎師 (註:梅若玄祥) 出演の「課外授業 よう
    こそ先輩!日本の心を能で知ろう」の番組を見たからだ。師の学童後輩に体する暖かい
    まなざし、能への深い思いが印象的だった。

    この5月、65歳になる私は、仕事人間専一から解き放されようとしている。これからの
    人生は、相応の経験を積んだあとに来る「至福の時」なのだ。
    55歳で始めた油絵制作とこの能楽、上手く両立させて行こうと心に決めた。
                               (平成16年1月11日 記)


     (その2)

    能楽の初鑑賞は、平成16年 (2004年) 1月16日、会場は千駄ヶ谷の国立能楽堂であった。

    16日金曜日午後6時、私は初めて国立能楽堂に足を踏み入れた。生まれてこの方、生の能
    を見たことがない。些か胸の高鳴りを感じながら、それでも事前に能の入門書なるものを
    一通り勉強して来たので、そう難しく考えなくてもよかろうと気楽に見ることにした。

    曲目は能「小鍛冶」、案内にはシテ観世流橋岡久馬と書かれてある。お囃子や地謡は、頗
    る心地よい。ところが、前シテ童子の動きがぎごちない。中入後、後シテの稲荷明神も
    ひょこひょことした動作で精彩を欠く。決してよい出来とは言い難い。
    初めて見た「ナマ能」だったが、少なからず期待を裏切られた。

    家に帰って橋岡久馬師の芸暦を見て驚いた。大正12年生れの80歳という高齢である。
    如何に今まで活躍した能楽師と言えども、素人目にも判るこの芸では、引退の時期が近い
    のではないかと思った。                (平成16年1月17日 記)


     (その3)

    3月21日新聞朝刊 橋岡久馬師の死亡記事
     精密な解釈と劇的な表現で鬼才といわれた観世流能楽師、古典の大曲を得意とする
     一方、免疫学者の多田富雄さん (註:22.4.21逝去) の新作能で、脳死を主題とした
     「無明の井」や朝鮮人の強制連行を主題にした「望恨歌」を初演した人。享年80

    思うに、死の直前、最後であっただろう師の「小鍛冶」の舞台が、私の能鑑賞の記念
    すべき第一歩と言うのも何かの縁。師のご冥福を祈りながら、一層能の勉強 (鑑賞) に
    励んで行こうと思う。                 (平成16年3月21日 記)
    

     (その4)

    私の生能初鑑賞は、橋岡久馬師の「小鍛冶」であった。師はその後体調をくずされ、平成
    16年3月21日に逝去された。多くの方が師の思い出を語っている。それらを拝見すると、
    色々な意味で並みの能楽師ではなかったことが判る。

    初めて見た能舞台の橋岡久馬師、それを随分期待はずれの演技だと感じ、私が能はあまり
    面白いものではないと思ったのは事実。しかし、あらかじめ師のことを調べておいて舞台
    に臨んだならば、また違った答えが出ていたであろう。

    初鑑賞から4カ月、既に42の能を見てきた。私が現状、能が面白くて鑑賞を続けている
    のは確かだし、これからも変わることはないだろう。久馬師の導きかも知れない。

    7月7日、国立能楽堂で予定されていた能「隅田川」橋岡久馬、代演梅若六郎と発表され
    た。是非とも鑑賞したい。               (平成16年5月16日 記)


観能10年10カ月から

  1. 能楽師の逝去 (その2)

   能楽師(三役)の逝去は、23名である

         野村万之丞  (狂言方和泉流) 16.06.10 享年44
         和泉昭太朗  (ワキ方高安流) 18.02.22 享年61
         鵜澤 速雄  (小鼓方大倉流) 18.08.22 享年68
         植田隆之亮  (ワキ方福王流) 19.07.12 享年70
         谷田宗二朗  (ワキ方高安流) 19.10.29 享年87
         野村又三郎  (狂言方和泉流) 19.12.12 享年86
         藤田大五郎  (笛方 一噌流) 20.11.15 享年92
         柳原冨司忠  (小鼓方幸清流) 21.05.31 享年62
         三島  卓  (太鼓方金春流) 21.06.06 享年36
         村瀬  純  (ワキ方福王流) 22.01.09 享年59
         山本 則直  (狂言方大蔵流) 22.04.23 享年71
         茂山千之丞  (狂言方大蔵流) 22.12.04 享年87
         野村万之介  (狂言方和泉流) 22.12.25 享年71
         茂山忠三郎  (狂言方大蔵流) 23.08.20 享年83
         北村  治  (小鼓方大倉流) 24.07.31 享年75
         福井 良治  (小鼓方幸清流) 24.09.03 享年58
         山本  孝  (大鼓方大倉流) 24.10.09 享年76
         谷口 正喜  (大鼓方石井流) 25.03.20 享年86
         茂山 千作  (狂言方大蔵流) 25.05.23 享年93
         筧  鉱一  (大鼓方大倉流) 25.08.30 享年82
         大江 照夫  (太鼓方金春流) 26.01.06 享年80
         金春惣右衛門 (太鼓方金春流) 26.03.11 享年89
         幸  正悟  (小鼓方 幸流) 26.08.24 享年73

    狂言の、茂山千作師 (人間国宝)・千之丞師兄弟の名人芸、笛の 藤田大五郎師
     (人間国宝)・太鼓の 金春惣右衛門師 (人間国宝) の至高の奏演が懐かしい。
    36歳で夭折された、三島卓師 (現 人間国宝 三島元太郎師長男) は誠に惜しい。

観能10年10カ月から
能楽鑑賞10年10カ月 (平成16年1月〜26年11月) の記録・感想の中から、思い出などを順次紹介して
行きたいと思います。内容は年次順ではなく、アト-ランダムに記述します。

 1. 能楽師の逝去 (その1)

  この10年10カ月で、能楽師のシテ方 (三役は別項) の逝去は、実に31名に上る。

        橋岡 久馬  (観世流シテ方)  16.03.21 享年81
        粟谷 菊生  (喜多流シテ方)  18.10.11 享年83
        観世 榮夫  (観世流シテ方)  19.06.08 享年79
        中森 晶三  (観世流シテ方)  20.02.08 享年79
        河村 隆司  (観世流シテ方)  20.05.24 享年80
        浦田 保利  (観世流シテ方)  21.04.23 享年79
        藤波 重満  (観世流シテ方)  21.07.27 享年77
        佐野  萌  (宝生流シテ方)  21.09.28 享年81
        仙田 理芳  (金春流シテ方)  22.03.05 享年72
        河村 禎二  (観世流シテ方)  22.03.13 享年86
        宝生 英照  (宝生流シテ方)  22.04.17 享年52
        関根 祥人  (観世流シテ方)  22.06.22 享年50
        金春 信高  (金春流シテ方)  22.08.07 享年90
        片山慶次郎  (観世流シテ方)  22.08.17 享年77
        若松 健史  (観世流シテ方)  22.09.20 享年75
        寺井 良雄  (宝生流シテ方)  22.12.30 享年69
        梅若吉之丞  (観世流シテ方)  23.10.28 享年73
        長沼 範夫  (観世流シテ方)  23.12.31 享年53
        渡邊容之助  (宝生流シテ方)  24.04.02 享年80
        種田 道雄  (金剛流シテ方)  24.08.17 享年88
        廣田 陸一  (金剛流シテ方)  25.03.10 享年89
        渡邊 三郎  (宝生流シテ方)  25.07.24 享年95
        足立 禮子  (観世流シテ方)  25.09.30 享年88
        井上 嘉介  (観世流シテ方)  25.12.22 享年86
        杉浦元三郎  (観世流シテ方)  26.01.14 享年79
        鵜澤 郁雄  (観世流シテ方)  26.01.17 享年73
        土田 晏士  (観世流シテ方)  26.01.18 享年77
        河村 晴夫  (観世流シテ方)  26.03.19 享年88
        倉本  雅  (宝生流シテ方)  26.03.24 享年83
        豊嶋 訓三  (金剛流シテ方)  26.05.09 享年82
        遠藤 六郎  (観世流シテ方)  26.05.20 享年87

  上記の中でも印象深い能楽師は、
      橋岡 久馬師 : 私の能初鑑賞は、師の「小鍛冶」のシテ舞台
      粟谷 菊生師 : 人間国宝で、師の最後のシテ舞台「景清」に感動
      関根 祥人師 : 若くして急逝に、大ショックを受けた


 突然ですが!

 突然ですが、本ブログ「能 観たまんま」〈能楽鑑賞:記録と感想〉を、閉じさせていただきます。

 私の体力と気力が急速に衰え、能楽鑑賞を続けることが出来なくなったからです。10月26日鑑賞の
 公演が、本ブログ最後の 能楽鑑賞:記録と感想 となりました。

 平成16年1月16日国立能楽堂に足を踏み入れ、生まれて初めて〈能と狂言〉を鑑賞いたしました。
 爾来、今日で10年10カ月余となります。

 この間、能鑑賞数 2,282番、狂言観賞数 1,198番が積み上がりました。観賞の記録と感想も、欠か
 しておりませんので、同数だけ記述したことになります。

 我ながら、よく続いたものだと思っています。心底から、能と狂言が好きなのでしょう。

 今年は体調不良で、予定した公演が思ったように鑑賞出来ませんでした。この11月も12月も、未だ
 鑑賞予定はありますが、行ける自信は正直なところありません。

 しかし、能楽愛好者ですから、これからも体調良ければ能楽堂に参ります。

 誠に拙い能楽鑑賞の感想文、ご愛読いただいた多くの方に感謝申し上げ、終わりといたします。

 ありがとうございました。


 


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