2009-11-06 Fri
11月4日(水) 晴 国立定例公演 於:国立能楽堂開演 午後1時〜終演 3時45分
国立能楽堂11月の定例公演で、能1番・狂言1番の上演。見所は、脇正面後方に空席が
目立つが、新型インフルエンザで、団体客 (学生) のキャンセルがあったと云う。
演者の方も、能「遊行柳」では シテ 佐野 萌師の急逝 (9月28日・享年81才) で、同流
儀(宝生流) の 近藤乾之助 (81才) に変わり、後見の 寺井良雄が 武田孝史に変わった。
狂言「泣尼」では、シテ 茂山忠三郎 (大蔵流・81才) が 山本東次郎 (72才) に変更と
なった。
「遊行柳」小書:朽木留
シテ/前 老翁・後 老柳の精 近藤乾之助
ワキ/遊行上人 宝生 閑 ワキツレ/従僧 宝生欣哉・大日方 寛
アイ/里人 古川道郎
囃子方/笛 杉 市和・小鼓 幸 清次郎・大鼓 柿原崇志・太鼓 前川光長
地謡/頭 三川淳雄・副 小倉敏克 後見/主 宝生和英・副 武田孝史
典拠:「新古今和歌集」 能柄:三番目・老精物 所:陸奥・白河付近
季節:秋・九月 作者:観世小次郎信光
主人公は、老木の朽木柳の精である。
世阿弥の「西行桜」の幽玄味に挑戦して、信光が作り上げた夢幻能「遊行柳」である
とか。通常女性が舞うことの多い「序之舞」を、老人に舞わせるところが一風変わっ
ている。それも、「太鼓序之舞」で。
シテ役者は、経験豊富で技量・力量に優れた者でないと舞えない難曲。大小前に、引
廻しを掛けた 柳の古塚の作り物を置く。
前場、乾之助が低く抑えた声で幕内から呼びかけ、やがて老体姿が現れると、舞台に
もの寂しい雰囲気が漂う。次いで、場の展開を十分心得た 閑との問答となる。この
やりとりが 何とも心地良い。
後場、烏帽子・狩衣姿の柳の精は、クセ舞から報謝の舞「太鼓序之舞」へと舞い進む。
乾之助は、役を演じるというよりは、自然体そのままの動き。だが、足腰の衰えは
隠しようもなく、2時間近い長丁場の舞台は、体力の限界といった感じだ。
亡き僚友に変わって、亡き僚友のために、気力でつとめた舞台といってよい。
(115分) 185/1230
2009-11-06 Fri
11月3日(祝) 晴 文化財登録記念能 於:代々木能舞台開演 午後5時30分〜終演 7時20分
「代々木能舞台」の文化財登録記念能で、能1番・独吟1番・仕舞2番の上演。
見所のお座敷には、座布団が敷き詰められて満員の状態。
配布されたパンフレットには、「代々木能舞台とは、昭和八年に建築され、戦争にも焼
け残った母屋の敷舞台と、戦後の東京で最初に作られた、屋外の本舞台によって構成さ
れており、今年、国の登録文化財となりました」と記されてある。
今日は、この風情ある能舞台を生かし、演能の照明に変化をつけようという演出だ。
本舞台・橋掛りの周辺と、青天井になっている中庭 (脇正面の位置だが客席はない) に、
青竹を輪切りにした大小の竹筒を60本以上立て、その中にローソクを灯して、光りの
ゆらぎ、明・暗を味わおうという粋な演出である。
「清 経」
シテ/平清経の霊 浅見慈一 (観世流) シテツレ/清経の妻 鵜澤 光
ワキ/淡津三郎 大日方 寛
囃子方/笛 八反田智子・小鼓 田邊恭資・大鼓 亀井広忠
地謡/頭 浅井文義・副 小早川 修 後見/主 浅見真州・副 伊藤嘉章
典拠:「源平盛衰記」「平家物語」 能柄:二番目・修羅物 所:京・清経邸
季節:秋・九月 作者:世阿弥
主人公は、平家一門の若き公達 平清経で、豊前柳が浦の沖に身を投げ自ら命を絶った。
残された妻の夢枕に現れた 清経は、合戦の様子や入水したいきさつを語る。現世と幽
界が交差する狭間で、夫婦の情愛と戦いの虚しさを、詩情豊かに描いた名曲である。
上演回数多く、25度目の鑑賞。
シテの 浅見慈一 (44才) は、代々木能舞台・代々木果迢会の当主・浅見真高 (84才)
の長男で、小柄だが謡や舞がしっかりしており、近時着実に地力をつけてきた。
今日の舞台も良い味出して、なかなかの好演であった。
ツレの若手女流も頑張ったが、少々謡が細く弱かった。囃子方は、大鼓が笛・小鼓を
強くリードした。6人構成の地謡は、やはり強さと量感に乏しかった。もっとも、本
能舞台の構造上、音が拡散してしまうきらいがあるが。
今日の光りの演出は、確かに曲趣の雰囲気を醸し出す効果はあった。
しかし、視覚的 (アートとしての感覚を含め) には、一部の箇所 (橋掛り・中庭辺) に
限定されていたように思う。
ローソクの赤みがかった光りのゆらぎと、本舞台天井の白い電灯の光りが、シテ柱の
辺で交わるのだが、本舞台上は常の照明と同じ明るさ (若干暗い程度) に感じた。
本舞台の白い電灯を、いっそ赤みがかったセロハンで覆ったらどうかなと思った。
それにしても、天空に月がかがやき、気温がぐっと下がったこの夜、冷気をさえぎる
もののない見所は、しこたま寒かった。
(65分) 184/1229
2009-11-05 Thu
11月3日(祝) 晴 「海の会」公演 於:セルリアンタワー能楽堂開演 午前11時〜終演 午後12時45分
観世流・昭門会の、勝海 登が主宰する 第十八回「海の会」公演で、能1番・狂言1番の
上演。小振りな見所は、ほぼ満席である。
「田 村」小書:替装束
シテ/前 童子・後 坂上田村丸の霊 勝海 登 (観世流)
ワキ/旅僧 殿田謙吉 ワキツレ/従僧 則久英志・梅村昌功
アイ/清水寺門前の者 三宅近成
囃子方/笛 一噌幸弘・小鼓 大倉源次郎・大鼓 亀井広忠
地謡/頭 小川明宏・副 小川博久 後見/主 観世恭秀・副 清水義也
典拠:「清水寺縁起」 能柄:二番目・修羅物 所:京・清水寺 季節:春・三月
作者:不明
主人公は、時の天皇に戦の才能を認められ、征夷大将軍となった 坂上田村丸 (麻呂)。
勅命の鈴鹿山鬼神退治出兵の際、千手観音が具現して鬼神を殲滅せしめた。而して、
観世音の御蔭を謝し清水寺を創建する。
修羅の祝言曲で、「箙」・「屋島」と本曲を「三勝修羅」という。
小書:替装束により、前シテの面が「童子」から「小喝食」に変わり、後シテは 黒頭
に唐冠・剣を背負い・手に唐扇、面は「天神」を掛け、装束は狩衣の肩上げにする。
昭門会の中堅 勝海 登 (59才) が、前場は優雅な風情で、後場は勇壮さを際立たせて、
実にしっかりとメリハリをつけた演技で好演した。
彼のシテ舞台を初めて観るが、力量・技量ともに優れたものを持つ。三番鬘物に、ど
のような味を出すか、今後の彼の舞台を注目してみたい。
(75分) 183/1228
2009-11-04 Wed
当方が能楽堂へ足を運び、都度感想文を書いているのは、事実の記録のためである。記憶は消えるが、記録は長く残る。あの年あの日のあの人の舞台は、こうだったのか
と、後年振り返って思いを馳せることが出来る。
全流儀は勿論、ベテラン・中堅・若手を問わず、極力万遍なく観ることを心掛けて
いる。それには、その時その役者の実年齢の記述は欠かせない。
観能の感想は、舞台を観た人の多様な感性や視点の中から、個々人の主観で述べるも
のであり、いろいろな見方・考え方が出てくるのは、ごく自然なことである。
ある感想・判断を、言語または文字で伝える場合、当然真実とは乖離するとみた方が
よい。しかし、真実とは一体何なんだと考えたとき、神ならぬ人智の限界があるのは
当然で、プロの能楽評論家の能評が、真実若しくはそれに近いとはとても思えない。
昨日は、現代能面打の第一人者 高津紘一師と 岩崎久人師 、新進気鋭の 新井達矢師
(初対面) らと賑やかに昼食をとり、銀座で開かれている 伊藤通彦師主宰の 第15回
赤泥舎 能狂言面展を鑑賞した。
5日からは、岩崎久人師主宰の 第29回 横浜能面展が、横浜馬車道アートギャラリー
で始まる。初日に、鑑賞に行くつもりである。
2009-11-03 Tue
昨日 (2日)、能・狂言を一度も観賞したことのない方達に、昼食をとりながら「能楽」に関する説明役をつとめた。
メンバーは元の職場の役員クラスで、日本の伝統芸能を観るチャンスに恵まれなかった
人達である。12月2日(水) の国立定例公演、能「善界」(梅若玄祥)・狂言「石神」
(大蔵弥太郎) の観賞を前提に、能・狂言の歴史、仕組み、能面・能装束、流儀、能役者、
あらすじ などのレジュメを作り、謡本などの資料を見せながら お話しをした。
また、この日のために、著名な面打師 岩崎久人師から、師の打たれた能面を拝借した。
「翁」「中将」「小面」「十寸髪」「しかみ」の五点で、名品を間近に見ることが出来
て、皆さん大感激であった。
12月2日の公演終了後、このメンバーが再び集って「反省会」が開かれる。どんな感想
が飛出すか、楽しみである。
2009-11-02 Mon
昨日 (11月1日) 国立能楽堂で開催された「友枝会」では、能2番 (「江口」・「黒塚」)・狂言1番が上演された。当方所用があって観賞出来なかったが、能友が ひと言感想を伝え
てきたので紹介する。
「江口」の感想です。
観世宗家 (註:観世清和・観世流・50才) の「江口」が完璧だとすれば、友枝昭世
(註:喜多流・69才) の「江口」は、菩薩の暖かさがある舞台でした。
後シテの「序之舞」のあと … 、地謡「花よ紅葉よ月雪の古事も、あら由なや」で、
シテ「思へば假の宿」のところ、ワキに振り向き見つめあう場面がありました。
西の空に帰る前に、現世と向き合っているようで、素敵に思った瞬間でした。
上演時間 110分の予定が 120分、たっぷり堪能しました。
11月1日 S . S
2009-11-01 Sun
昨日(10月31日)、国立能楽堂の特別公演で、 能2番(「松尾」・「定家」)・狂言1番が上演された。当方所用があって観賞出来なかったが、能友から早速感想文が送られてき
たので紹介する。
「定家」が素晴らしかったです。
前場の、時雨降る荒涼とした風景が心にしみじみと響いて、思わず涙を誘われました。
それにしても、祥六 (註:関根祥六・観世流・79才) の、身体的には少し衰えている
のでしょうが、その声のよく通ること。しかも枯れ枯れとした声までも、鏡の間から
の声さえハッキリと聞こえました。
中入前、「石に残す形だに」で シテが後退、作り物の引き回しに背中を押しつけ … 、
というのは観世流の演出とか。
引き回しの中での装束替が、少し手間取ったというか、少しバタバタと音がして、
大丈夫かなと心配してしまいました。が、後場「夢とかよ闇の … 」で陰鬱な謡が
聞こえて、心配したことが嘘のようでした。
そして、「序之舞」の何と形容すればよいのか … 、もどかしい思いですが、仙幸
(註:一噌仙幸・69才) の笛の冴え冴えとして、また 祥六の、意識などを超越した
神々しいまでの、身体的な衰えさえも味方につけてしまったとも云える舞姿に、涙
してしまいました。
ワキの 福王茂十郎 (註:福王流・66才) の声が、むしろあまり個性的ではなく、
強すぎず弱すぎずで、祥六を際立たせる感じで なかなか良かったです。
地謡も、まとまりがあって良かったです。
実は「定家」は、これが初めての観賞でしたが、2時間超という長さを全く感じさ
せない、心がぐっと引き込まれるものでした。
後シテの面が、「痩女」ではなく「霊女」ということでしたが、出口で聞いても
それ以上の詳しいことは分からないと云われました。
なぜか、フッと岩崎さん (註:岩崎久人能面師) の面の感じを思い浮かべてしまい
ましたが、多分それほど古くはないものではないかと思いました。
品のある良い面で、祥六が それを素晴らしく掛けてくれていました。
今夜は久し振りに、いっぱいの想いと感動を抱えて帰路につきました。
10月31日 M . A
2009-10-31 Sat
「一病息災」は、一つくらい病気をもつ人が、無病で健康を自負する人よりも、健康に留意するので長生きするという意味だが、叔母の急逝は(まさに逆の意味で)その
言葉通りになってしまった。病気ひとつしない人が、僅か一週間の入院で あっという
間に逝ってしまったのだ。享年79、長寿時代に如何にも早い。世話好きで明るい性格、
誰からも慕われた。
今日お通夜、明日葬儀・告別式。叔母が好きな「お陽様」、良い天気が続きそうだ。
31日の「定 家」(関根祥六)、1日の「江 口」(友枝昭世) は、これから未だ観る機会は
ある。
2009-10-30 Fri
主な能楽観賞04(水) 国立定例公演・国立能楽堂
「遊行柳」(近藤乾之助)
13(金) 銕仙会定期公演・宝生能楽堂
「浮 舟」(観世清和)・「昭 君」(浅井文義)
14(土) 五雲会・宝生能楽堂
「生田敦盛」(野月 聡)・「蝉 丸」(水上輝和)・「忠 信」(辰巳大二郎)・
「 融 」(山内崇生)
18(水) 研究会・観世能楽堂
「遊行柳」(岡 久広)・「葵 上」(山階弥右衛門)
20(金) 松能会・銕仙会能楽研修所
「 巴 」(松木千俊)
22(日) 喜多流職分会自主公演・喜多能楽堂
「通小町」(粟谷幸雄)・「遊行柳」(塩津哲生)・「雷 電」(佐藤章雄)
23(祝) 横浜企画公演・横浜能楽堂
「八 島」(櫻間金記)
26(木) 国立企画公演・国立能楽堂
「松 風」(塩津哲生)
29(日) 花影会・観世能楽堂
「井 筒」(武田友志)・「鉢 木」(武田志房)
受 講
「名作能への誘い」(川名 宏)・「能に親しむ会」(堀上 謙)
国内旅行
羽黒山〜妙高高原の旅
2009-10-29 Thu
10月28日(木) 晴 ユネスコ記念能 於:国立能楽堂開演 午後6時30分〜終演 8時10分
能楽協会が主催する、第七回「ユネスコ記念能」公演で、能1番・狂言1番の上演。
シテ・三役に、多数若手を配役している。見所は、外国人が多く ほぼ満席である。
「黒 塚」
シテ/前 安達原の女・後 鬼女 今井克紀 (金剛流)
ワキ/阿闍梨祐慶 宝生欣哉 ワキツレ/同行の山伏 大日方 寛
アイ/能力 三宅右矩
囃子方/笛 寺井宏明・小鼓 幸 正昭・大鼓 安福光雄・太鼓 金春国和
地謡/頭 今井清隆・副 豊嶋晃嗣 後見/主 松野恭憲・副 宇高竜成
典拠:「捨遺集」「古今集」「伊勢物語」 能柄:五番目・鬼女物
所:陸奥・安達原 季節:秋・八月 作者:一説に 金春禅竹
主人公は、安達が原に住む貧女 実は人喰い鬼女である。前場は 女が糸繰りの様子や、
糸尽くしの歌を謡う静かな展開、中入では アイ能力の滑稽な動き、後場は 鬼女と山
伏との壮絶な闘いという展開。場面変化が激しい二場物の劇能で、巧演者を得れば
まことに面白い舞台となる。大小前に、引廻しの掛った作り物の萩小屋を置く。
観世流は「安達原」と記す。人気曲で上演回数も多い。11度目の観賞。
シテは、京都から金剛流の若きホープ 今井克紀 (38才) の起用である。彼のシテ舞台
は、「道成寺」を入れて今まで 4度観ているが、何れも好舞台であった。しかし、
今日の舞台は とても褒められたものではなかった。体調でも崩したのか、謡に芯の
強さがなく一本調子、型や所作にも切れ味が見られない。しかも面使いが荒く、必要
以上に動かすから品性に欠ける。芝居心が感じられない舞台では、この曲の面白味は
見所に届かない。
三役では、ワキは常の力を出したが アイは芸が未熟、囃子方は一体感のない奏演で
聞き心地悪かった。地謡は、量感はあるが面白味のない謡で、若いシテを支える力と
はならなかった。
(70分) 182/1227
2009-10-27 Tue
10月25日(日) 雨 喜多流職分会自主公演能 於:喜多能楽堂開演 午後12時〜終演 5時15分
喜多流職分会の 十月自主公演能で、能3番・狂言1番・仕舞1番の上演。
見所は 満席である。
「清 経」
シテ/平清経の霊 高林呻二
シテツレ/清経の妻 井上真也 ワキ/粟津三郎 宝生欣哉
囃子方/笛 小野寺竜一・小鼓 森 貴史・大鼓 大倉栄太郎
地謡/頭 友枝昭世・副 出雲康雅 後見/主 粟谷幸雄・副 高林白牛口二
典拠:「源平物語」「平家物語」 能柄:二番目・修羅物 所:京・清経邸
季節:秋・九月 作者:不明
主人公は、平家一門の敗将 平清経で、豊前国柳が浦の沖に身を投げ自ら命を絶った。
残された妻の夢枕に現れた 清経は、合戦の様子や入水したいきさつを語り舞う。
夫婦の情愛と戦争の虚しさを、詩情豊かに描いた名作である。上演回数も極めて多く、
24度目の観賞。
シテ 高林呻二 (45才)と ツレ 井上真也 (39才) は喜多流の若手、と云っても可成り
の実績を積んだ能楽師だ。相応に期待したが、不発に終わった舞台であった。
両者とも、残念ながら力量不足と云わざるを得ず、謡・語・型・所作などに、情緒
や味わいが感じ取れなかった。
(65分) 179/1224
「三井寺」
シテ/前 千満の母・後 千満の母 (狂女) 香川靖嗣 子方/千満 金子龍晟
ワキ/園城寺 (三井寺) の住職 宝生 閑 ワキツレ/従僧 梅村昌功・御厨誠吾
アイ/清水寺門前の者 三宅右矩 /三井寺の能力 三宅近成
囃子方/笛 松田弘之・小鼓 森澤勇司・大鼓 柿原崇志
地謡/頭 塩津哲生・副 大島政允 後見/主 長田 驍・副 塩津圭介
能柄:四番目・狂女物 所:京・清水寺〜近江・三井寺 季節:秋・八月
作者:不明
主人公は、人商人に子供をさらわれた母親である。母は、我が子 千満の行方を求め
て、清水の観音に参籠する。ある夜、霊夢を蒙り三井寺へ向う。寺では、稚児を伴
い僧達が月見の最中。そこへ、物狂いとなった母親が辿り着く。鐘楼に近づき咎め
られると、故事・古歌などを引き、月に興じて鐘を撞く〈鐘ノ段〉。 やがて、
母子は喜びの再会を得て郷里に帰って行く。
春の「隅田川」・秋の「三井寺」と称される狂女物の大曲で、力量ある演者でない
と舞台は勤まらない。中入後、ミニチュア化された鐘楼の作り物を、目付柱辺に置
く。7度目の観賞。
シテ 香川靖嗣 (65才) は、技量・力量に優れた実力派能楽師である。
香川の安定した演技は、観る方にとって頗る居心地がよい。美声ではないが、落着
いた謡に品の良さを感じる。型や所作の一つ一つが曲趣に合って、能らしいリアル
感を出している。掛けた面が、ふっくらとして色気あり (「白曲見」岩崎久人)。
三役や地謡陣とも調和がとれて、実に見応えのある佳い舞台であった。
(100分) 180/1225
「 融 」
シテ/前 老翁・後 源融の霊 佐々木宗生
ワキ/旅僧 大日方 寛 アイ/所の者 高澤祐介
囃子方/笛 槻宅 聡・小鼓 亀井俊一・大鼓 安福光雄・太鼓 助川 治
地謡/頭 粟谷能夫・副 粟谷明生 後見/主 内田安信・副 金子匡一
典拠:「伊勢物語」「今昔物語集」 能柄:五番目・貴人物
所:京・六条河原院 季節:秋・八月 作者:世阿弥
主人公は、風雅をこよなく愛した歌人 源融である。汐汲みの老翁姿で現れた 融の霊
が、旅僧に 融の大臣のことを詳しく語り、月下の名所を教え、担桶で汐を汲む様を
見せて姿を消す。僧の夢の中に、貴公子姿の 融の亡霊が現れ、月光を浴びて舞を舞う
が、やがて夜明けとともに消えて行く。世阿弥の代表作と云われ、上演回数も多い。
14度目の観賞。
シテ 佐々木宗生 (69才) は、流儀のベテラン能楽師であるが、当方あまりシテ舞台
を観てない。謡は、なかなか味わいがあり巧いなと思ったが、型や所作を見て少な
からず足腰の衰えを感じた。果たして、見どころの「早舞」の動きが緩慢で、折角
昂揚感のある詞章や囃子に そぐわなかった。
(85分) 181/1226
2009-10-26 Mon
10月24日(土) 曇後雨 長島 茂の会 於:喜多能楽堂開演 午後2時〜終演 4時45分
第十二回「長島 茂の会」公演で、能1番・狂言1番・仕舞1番の上演。見所は、6分ほど
の入りで少々寂しい。
「柏 崎」
シテ/前 柏崎某の妻 (花若の母)・後 花若の母 (狂女) 長島 茂 (喜多流)
ワキ/家人 小太郎 森 常好 ワキツレ/善光寺の住職 森 常太郎
アイ/能力 高野和憲
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 大倉源次郎・大鼓 國川 純
地謡/頭 粟谷能夫・副 出雲康雅 後見/主 友枝昭世・副 内田安信
能柄:四番目・狂女物 所:越後・柏崎〜信濃・善光寺 季節:秋・十月
作者:原作 榎並左衛門五郎・改作 世阿弥
主人公は、鎌倉で訴訟中病死した 柏崎某の妻で、一子 花若の母である。
同じく鎌倉に在った 花若も、母への文を残して出家遁世する。家人の 小太郎から、
夫の形見と 花若の文を渡された妻は、二重の悲報に落胆し物狂いとなって旅に出る。
思い立ち、母が向うのは信濃の善光寺。だが、偶然にも 花若修行中の寺も、善光寺
であった。斯くて、喜びの母子再会を果たす。後段の、長大なクセが 見どころ聞き
どころとなる。
シテ 長島 茂 (50才) は、喜多流の中堅処で なかなかの力量・技量の持ち主。前回
(第十一回/20.10.25) の、「野宮」の好舞台が強く印象に残る。今回も期待が大
きい。結果は、長島の熱演と演出上の工夫もあって、素晴らしい舞台を堪能出来た。
小書は付かないが、中入にアイを登場させたこと、物着のあと 舞 (「中之舞」) を
入れたことが、演者の工夫である。
シテ「あらいとほしや此の烏帽子直垂の主は、我が夫ながら …… 扇おつ取り、鳴る
は瀧の水」と謡うと、次に「中之舞」が始まったので 正直驚いた。でも、この舞入
が、クリ・サシから長大な クセ舞へと続き、まさに舞尽くしの展開で とても見応え
あった。アイ (能力) 高野和憲の、語りを入れたことは悪くないが、話の内容につい
ては検討の余地がある。
名手が揃った囃子方、粟谷能夫率いる地謡陣は、ともに申し分ない出来。子方 貴成
クンが、モジモジの動きがあったが長時間よく頑張った。
2時間近い上演時間を、長く感じさせない、長島の意欲的且つ真摯な舞台であった。
(115分) 178/1223
2009-10-22 Thu
10月21日(水) 晴 「能を知る会」東京公演 於:国立能楽堂開演 午後2時〜終演 5時25分
中森晶三 一周忌追善能「能を知る会」東京公演で、能1番・狂言1番・仕舞4番の上演。
見所は、6〜7分の入りである。中森貫太 (48才) が、亡父に大曲「求塚」を手向ける。
「求 塚」
シテ/前 里の女・後 菟名日少女の霊 中森貫太 (観世流)
シテツレ/里の女 遠藤喜久・古川 充
ワキ/旅僧 殿田謙吉 ワキツレ/同行の僧 大日方 寛・梅村昌功
アイ/里の男 竹山悠樹
囃子方/笛 寺井久八郎・小鼓 大倉源次郎・大鼓 安福建雄・太鼓 観世元伯
地謡/頭 観世喜之・副 五木田三郎 後見/主 津村禮次郎・副 長沼範夫
典拠:「大和物語」「万葉集」 能柄:四番目・執心女物 所:摂津・生田
季節:春・三月 作者:観阿弥
主人公は、二人の男に同時に愛され死を選んだ、菟名日少女である。その後、二人の
男も少女の塚の前で、ともに刺し違えて死んでしまう。
前段の のどかな若菜摘み風景から、後段の陰惨な苦悩の場面へと、鮮やかな対比を
なす。結末に救いがなく、突き放した手法が 古作の色彩が濃いという。観世流は、
1951年 (昭和26年) に復曲上演。大小前に、引廻しの掛った塚の作り物を出す。
シテ 中森貫太が、懸命に勤めた舞台であったが、力量不足は否めず、残念ながら期
待した成果は上がらなかった。謡の声質は悪くないが、彼特有の発声は心地良い響き
とならず、とても魅力ある謡とは云い難い。
型や所作も、リアル感を強調するあまり、わざとらしい動きとなって、いささか品位
を欠いた。
そして、シテを支えるべき地謡が、むしろ足を引張った感がある。地頭 観世喜之、
副地頭 五木田三郎、後列に 観世喜正を据える布陣であったが、地頭・副地頭が機能
せず、喜正の甲高い声ばかりが耳について、厚味も響きもない誠にお粗末な地謡で
あった。さらに、囃子方 寺井久八郎の、情緒のない笛の音色が一層拍車をかけた。
全体に、演者の調和と一体感が不足して、観る側の心に響くもののない低調な舞台に
終わった。
(100分) 177/1222
2009-10-21 Wed
10月20日(火) 晴 能楽笛方藤田流十一世宗家藤田六郎兵衛 舞台五十周年記念公演 於:国立能楽堂
開演 午後6時30分〜終演 9時10分
能2番 (内 半能1番)・狂言1番・仕舞2番・一管1番の上演。
本公演を 高円宮妃殿下もご観覧、見所は賑やかに満席である。
藤田六郎兵衛 (56才);1980年 (昭和55年) 宗家継承;在 名古屋
「清 経」小書:恋之音取
シテ/平清経の霊 観世清和 (観世流) シテツレ/清経の妻 武田友志
ワキ/淡津三郎 福王茂十郎
囃子方/笛 藤田六郎兵衛・小鼓 曽和博朗・大鼓 安福建雄
地謡/頭 梅若玄祥・副 関根祥人 後見/主 武田宗和・副 観世芳伸
典拠:「源平物語」「平家物語」 能柄:二番目・修羅物 所:京・清経邸
季節:秋・九月 作者:世阿弥
主人公は、平家一門の敗将 若き公達 平清経で、豊前国・柳が浦の沖に身を投げ自ら
命を絶った。残された妻の夢枕に現れた 清経は、合戦の様子や入水したいきさつを
語り舞う。現世と幽界が交差する狭間に、夫婦の情愛と戦いの虚しさを詩情豊かに
描いた名曲で、上演回数も極めて多い。23度目の観賞。
小書:恋之音取は、シテ 清経の登場時、笛のアシライ吹きに長い間を入れる、特殊
な奏演方法である。笛方の、一子相伝の重い習い。
世情の喧騒に音を思わず、静寂に音を知る。まさに、業師 六郎兵衛独壇場の雰囲気
作りだ。と、幽冥の世界から蕭然と現れ出る 清経の霊。
シテ 観世清和 (50才) という上手を得て、この上ない情趣が見所に広がった。
ツレ 清経の妻役に、若い 武田友志 (34才) を大抜擢。友志は、重い役に厳然と挑戦
し良い味出した。囃子方は、少々小鼓が弱かったが巧く調和をとった。地謡陣は、
地頭の 玄祥がきっちりとリードして心地良い響き。
全体に、よくまとまった好舞台であった。
(65分) 175/1220
「石 橋」小書:大獅子(半 能)
シテ/白獅子 大槻文蔵 (観世流)
シテツレ/赤獅子 観世銕之丞・片山清司・観世喜正
ワキ/寂昭法師 宝生 閑
囃子方/笛 藤田六郎兵衛・小鼓 大倉源次郎・大鼓 亀井忠雄・太鼓 金春国和
地謡/頭 浅井文義・副 馬野正基 後見/主 浅見真州・副 清水寛二
典拠:「十訓抄」 能柄:五番目・本祝言物 所:中国・清涼山
季節:夏・四月 作者:不明
主人公は、文殊菩薩の使いの霊獣 獅子四頭。大小前に、紅白の牡丹を戴いた山を
置き、正先に、やはり紅白の牡丹を立てた一畳台を二基据える。
半能の演出で、ワキ 寂昭法師の名ノリのあと、胸躍る乱序が始まり、獅子登場 (白
獅子が山の中から、赤獅子三頭は幕内から) の場面展開となる。獅子達は小気味よい
囃子に乗って、咲き乱れる牡丹に戯れ、豪壮華麗な獅子舞を見せる。
アッという間の時間であったが、きらびやかで楽しい舞台であった。
(20分) 176/1221
今日は、藤田六郎兵衛 全開の記念公演であった。
上記能2番の他、一管「中之舞」(六郎兵衛)、仕舞「遊行柳」(片山九郎右衛門)・
「船弁慶」(梅若玄祥) も見事であったが、狂言「越後聟」(野村萬斎・野村万作・
石田幸雄ら/ 囃子付き) が秀逸であった。越後獅子を舞う 萬斎の、身体能力を含めた
彼の偉才振りに改めて感服した。
また、番組の一番一番が変化に富み、何れも内容の充実した舞台で実に面白かった。
来春、満を持して〈 藤田六郎兵衛が主宰する新しい観能の会『萬歳楽座』〉が立ち
上がる。大いに期待したい。
2009-10-18 Sun
10月17日(土) 曇後雨 「五雲会」公演 於:宝生能楽堂開演 午後12時〜終演 5時40分
宝生流の十月「五雲会」公演で、能4番・狂言2番の上演。見所は、当初 7〜8分ほど
の入りが、最後は 6分ほどに。「五雲会」は通常、能 4番立ての公演で、主に若手・
中堅の能楽師が出演する。当方所用があり、能3番・狂言2番の観賞。
「橋弁慶」
シテ/武蔵坊弁慶 渡邊茂人
子方/牛若丸 山内晶明 トモ/弁慶の従者 金井賢郎
アイ/所の者 大蔵吉次郎・榎本 元
囃子方/笛 藤田太郎・小鼓 鳥山直也・大鼓 内田輝幸
地謡/頭 小林与志郎・副 田崎隆三 後見/主 登坂武雄・副 佐野 登
典拠:「義経記」 能柄:四番目・斬合物 所:京・五条橋 季節:秋・九月
作者:一説に 世阿弥
主人公は、美少年 牛若丸に散々翻弄される、延暦寺西塔の荒法師 武蔵坊弁慶である。
小品であるが、牛若と弁慶の斬り合いや、寸劇的なアイ狂言もあって、なかなか面白
い曲。
シテ 渡邊茂人 (36才) は、謡いや語りがやや気張り過ぎであったが、型や所作に切れ
味があり、楽しい舞台を見せてくれた。彼は、宝生流期待の若手の一人である。
子方 晶明クンの、元気一杯がとてもよかった。
(50分) 172/1217
「斑 女」
シテ/前 花子(遊女)・後 狂女(斑女) 小倉健太郎
ワキ/吉田少将 宝生欣哉 ワキツレ/少将の従者 梅村昌功・野口能弘
アイ/野上宿の長 大蔵弥太郎
囃子方/笛 藤田朝太郎・小鼓 大倉源次郎・大鼓 柿原弘和
地謡/頭 中村孝太郎・副 水上輝和 後見/主 前田晴啓・副 小倉伸二郎
能柄:四番目・狂女物 所:美濃・野上〜京・下賀茂神社 季節:秋・七月
作者:世阿弥
主人公は、野上の遊女・花子である。
吉田少将との一夜の契りが忘れられず、宿を追放された 花子は、取り交わした扇を
胸に、物狂い (斑女) となって下賀茂神社にたどり着く。そこで、互いの扇を確かめ
合い少将との再会を果たす。遊女の、ひたむきな恋を描いた人気曲で、上演回数も
多い。13度目の観賞。
シテ 小倉健太郎 (36才) が、恋に生きる一途な女を好演した。だが、謡は美声なが
らやや線が細く、舞は小ぎれいにまとまっているが、少々味に乏しい。
彼も、宝生流期待の若手の一人である。さらに修錬を積んで、芸力を高めていって
ほしい。
(85分) 173/1218
「鍾 馗」
シテ/前 里人・後 鍾馗の霊 和久荘太郎
ワキ/旅人 則久英志 アイ/所の者 大蔵千太郎
囃子方/笛 成田寛人・小鼓 田邊恭資・大鼓 原岡一之・太鼓 小寺真佐人
地謡/頭 渡邊筍之助・副 今井泰行 後見/主 大坪喜美雄・副 辰巳満次郎
能柄:五番目・鬼物 所:中国・終南山付近 季節:秋・九月 作者:金春禅竹
主人公は、進士に落ちて命を絶った 鍾馗という男。
鍾馗が精霊となって現れ、宝剣で天下に乱を起こす悪鬼を亡ぼし、治世の到来を予
祝するという、中国の伝説を主題とした曲。これまた小品であるが、激しい型・所
作〈ハタラキ〉の変化があってなかなか面白い。あまり出ない曲で、2度目の観賞。
シテ 和久荘太郎 (34才) が、軽快な動きと爽やかな謡で、見所を気持ちよくさせて
くれた。彼もまた、宝生流期待の若手の一人である。
(45分) 174/1219
宝生流の若手の中には、将来が期待出来る能楽師が多くいる。当方の好みもあるが、
何人かを挙げてみる。
山内崇生 (41才)、野月 聡 (38才)、小倉健太郎 (36才)、渡邊茂人 (36才)、
和久荘太郎 (34才)、小倉伸二郎 (34才)、薮 克徳 (34才)、高橋憲正 (32才)、
辰巳孝弥 (30才)、宝生和英 (23才)
その中でも、特に注目したい若手能楽師は、山内崇生、和久荘太郎、小倉伸二郎、
高橋憲正、そして、若き宗家 宝生和英 である。
2009-10-17 Sat
10月16日(金) 晴 国立定例公演 於:国立能楽堂 開演 午後6時30分〜終演 9時
国立能楽堂10月の定例公演で、能1番・狂言1番の上演。見所は 満席である。
「江 口」小書:甲之掛
シテ/前 里の女・後 江口の君の霊 観世清和 (観世流)
シテツレ/遊女 坂口貴信・武田宗典
ワキ/旅僧 森 常好 ワキツレ/従僧 森 常太郎・則久英志
アイ/所の者 野村 萬
囃子方/笛 一噌庸二・小鼓 大倉源次郎・大鼓 亀井忠雄
地謡/頭 野村四郎・副 岡 久広 後見/主 武田宗和・副 観世芳伸
典拠:「撰集抄」「新古今和歌集」「古事談」 能柄:三番目・本鬘物
所:摂津・江口の里 季節‥秋・九月 作者:観阿弥 原作・世阿弥 改作
主人公は、江口の君の霊 実は普賢菩薩である。
この曲は、秋の名曲と云われる大作で、9度目の観賞となる。
「世の中を厭ふまでこそ難からめ 仮の宿りを惜しむ君かな」(西行法師)
「世を厭ふ人とし聞けば仮の宿に 心とむなと思ふばかりぞ」(遊女)
前場は、シテ (里の女) とワキ (旅僧) との、この歌問答から始まり、やがて、里の女
は自らを、江口の君の幽霊と明かして消える。
シテ 観世清和 (50才)・ワキ 森 常好 (53才) という、美声同士の歌問答・掛ケ合が
まことに心地良い。シテは、紅入唐織着流の出立ち、面は増女 (節木系)である。
(中入)アイ 野村 萬 (79才) が、江口の長が普賢菩薩となって現れた奇瑞を語る。
萬の、じっくりと巧みな語りが秀逸。
後場、月澄み渡る川面に、屋形舟 (一の松辺に 舟の作り物) に乗った、美しい三人の
遊女が登場する。後シテは、白地舞衣渋橙色大口 (面は変わらず) の出立ちで、気品
が匂い立つ美しさである。
〈 クリ・サシ・クセ 〉で、現世の無常を位高く謡い、次いで、優雅に「序之舞」を
舞い進める。やがて、江口の君の霊は普賢菩薩に変身し、舟は白象に転じて、菩薩を
乗せ西方浄土へ消えて行く。
名手揃いの囃子方の奏演に乗り、清和が静謐で格調高く「序之舞」を舞った。地謡
陣の、艶と厚味のある謡いが舞台を盛り上げた。けだし、秋の夜に相応しい名舞台
であった。
(115分) 171/1216
2009-10-14 Wed
10月12日(祝) 晴 山井綱雄之會 於:国立能楽堂 開演 午後1時〜終演 4時15分
第四回「山井綱雄之會」の公演で、能1番・狂言1番・仕舞2番の上演。
見所は、めでたく満員である。
「葵 上」
シテ/六条御息所の生霊 山井綱雄 (金春流)
シテツレ/照日神子 本田芳樹
ワキ/横川小聖 宝生 閑 ワキツレ/臣下 則久英志
囃子方/笛 一噌庸二・小鼓 幸 清次郎・大鼓 安福建雄・太鼓 金春惣右衛門
地謡/頭 金春安明・副 吉場廣明 後見/主 高橋 汎・副 横山紳一
典拠:「源氏物語」 能柄:四番目・鬼女物 所:京・左大臣邸
作者:世阿弥 改作
主人公は、嫉妬に狂い屈辱を晴らそうと、生霊となって現れた 六条御息所である。
正先に置かれた小袖が、病に臥せる 葵上を象徴する。現行曲の中でも、一二を争う
人気曲で上演回数も極めて多い。24度目の観賞である。
今日は、舞台照明をほとんど落し、「蝋燭能」という特殊演出での「葵上」の上演
で、舞台周りの白洲に26本の燭台を立てる。見所は一切の照明を消しているので、
勿論真っ暗である。舞台と橋掛りが、蝋燭の灯りにうすぼんやりと浮かび上がる。
やがて、お調べが始まると、まさに異次元の世界に身を委ねる独特な雰囲気となる。
シテ 山井綱雄 (36才) は、金春流に留まらず能楽界の中でも異彩を放つ存在である。
当然のことながら、「能」を活動の中心に置いているが、現代演劇の出演や他ジャン
ルアーティストとのコラボレーション活動などにも、積極的に参画している。
能楽師としても、豊かな資質を持ち合わせており、将来を嘱望される若手のひとり
である。
今般主宰する個人演能会で、蝋燭の灯りで名曲「葵上」を上演するという企画を立
て、大変な拘りと果敢な行動力で実現にこぎつけた。広い国立能楽堂の見所を、全
席完売したのは立派である。
さて、「蝋燭能」に対する評価であるが、初観賞か あまり能を観てない人には、
相応の満足感を持てたかもしれない。この特殊演出は、幻想的な雰囲気作りには成
功しているからだ。
しかし、やはり暗すぎた。面の表情、装束の色合いもはっきりせず、ましてや細か
い所作など判るはずもない。主宰者にとって、これらは折り込み済のことで、それ
以上に、曲趣に沿った場面展開〈 暗闇から怨霊が現れ消えるとか・呪術的雰囲気を
醸し出すとか・バトル場面での動きに陰影をつけるとか 〉の中で、暗さの効果が
十分期待出来ると踏んだのであろう。これも、ある程度成功しているのは確かだ。
観客にとって、舞台が暗くて見えない場合、注目するのは音である。視覚が不自由
ならば、当然聴覚に頼ることになる。
シテ方・ワキ方・狂言方の謡いと語り、地謡、囃子方の掛声・打音・笛の音色など
の響きだ。これらが一体となって調和がはかられ、また、全体に適応する協調性が
生まれれば、心地良い響きとなって観客の耳に届く。
暗闇から発する音は、やわらかい方がよい。耳を劈く強音はなじまない。能は総合
芸術と云われる。その意味でも、三役など演者の配役は慎重でありたい。
然れど、この度の 山井綱雄の挑戦には、讃辞を惜しまない。
(70分) 170/1215
2009-10-13 Tue
10月11日(日) 晴 「粟谷能の会」 於:国立能楽堂開演 午後1時〜終演 4時50分
第八十六回「粟谷能の会」公演で、能3番 (内1番は半能)・狂言1番の上演。見所は、
若干空席が散見されるが ほぼ満員である。
「通小町」
シテ/深草少将の霊 粟谷明生 (喜多流)
シテツレ/里女実は 小野小町の霊 長島 茂 ワキ/僧 宝生 閑
囃子方/笛 槻宅 聡・小鼓 大倉源次郎・大鼓 亀井広忠
地謡/頭 友枝昭世・副 出雲康雅 後見/主 塩津哲生・副 粟谷浩之
典拠:「清輔奥義抄」「古事談」 能柄:四番目・執心男物 所:京・八瀬〜市原野
作者:観阿弥改作
主人公は、百夜通いの深草少将であるが、小野小町も重要な役である。
前場は、前ツレとワキのみ登場し、問答が中心の展開となる。後場は、後ツレのあと
シテが現れ、僧の勧めで百夜通いの有様を、掛け合い風に演じてみせる。男のひたむ
きな執心を描いた、二場ものの夢幻能で、舞はなく写実的な〈カケリ〉が見どころと
なる。上演回数も多く、11度目の観賞。
前場、夏安居の僧 宝生 閑 (74才) と、里女 長島 茂 (49才) との 問答・ロンギが、
しっとりとして良い雰囲気を作る。ツレ里女は、紅無唐織・面は 深井か。小野小町
をほのめかして僧の前から消える。観世流などで見慣れた、後見座でのクツロギは
なく幕へ入る。(中入) 僧の独り言、閑のゆっくりと味わい深い語りが秀逸。
後場、後ツレ 小町の霊が現れる。前ツレと異なり、紅入唐織・面は万媚か。次いで、
シテ 深草少将の霊 粟谷明生 (54才) の登場となる。ところが、シテはなかなか姿を
現さず、幕の中からの謡が長く続く。やや 明生の謡が弱く、この掛け合いはあまり
面白くなかった。衣を頭から被り、腰を屈めて現れる演出の方が、怨霊の不気味さ
は出る。シテは、黒頭水衣大口・面は痩男か。
最大の見どころ、暗闇の雨の中の百夜通いの様を〈カケリ〉で見せる。囃子の静か
な奏演に乗り、明生がゆっくりとした所作で、少将の無念さをリアルに表現する。
明生らしい、精緻で巧みな舞である。ツレ 長島が好演、地謡は 些か一体感に乏し
かった。
(65分) 167/1212
「葛 城」小書:岩戸之舞
シテ/前 里女・後 葛城明神 粟谷能夫 (喜多流)
ワキ/山伏 森 常好 ワキツレ/同行山伏 舘田善博・森 常太郎
アイ/葛城山麓の者 野村扇丞
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 曽和正博・大鼓 國川 純・太鼓 金春国和
地謡/頭 香川靖嗣・副 大村 定 後見/主 内田安信・副 高林白牛口二
典拠:「日本霊異記」「今昔物語」 能柄:三番目物 所:大和・葛城山
季節:冬・十一月 作者:世阿弥
主人公は、里女実は 葛城山の女明神である。
深山雪深く、白一色を背景とした舞台設定は、古代の神話を絡めて、詞章に多くの
古歌を引用した神秘的な曲である。比較的多く上演され、10度目の観賞。
シテ 粟谷能夫 (60才) の前場は、ほとんど見応えのない舞台。だが、小書:岩戸
之舞を中心とした後場は、見違えるように素晴らしい舞台となった。女神出立
〈紅葉天冠・白地舞衣・緋指貫・面は増か〉の姿が美しく、イロエ掛りの舞「岩戸
之舞」が、格別に品よく神々しかった。
(90分) 168/1213
「石 橋」小書:連獅子 (半能)
シテ/親獅子 粟谷明生 シテツレ/子獅子 粟谷浩之
ワキ/寂昭法師 殿田謙吉
囃子方/笛 一噌幸弘・小鼓 鵜澤洋太郎・大鼓 柿原光博・太鼓 観世元伯
地謡/頭 粟谷能夫・副 出雲康雅 後見/主 粟谷辰三・副 粟谷幸雄
典拠:「十訓抄」 能柄:五番目・切能物 所:中国・清涼山 季節:夏・四月
作者:不明
主人公は、文殊菩薩の使いの獅子。
小書:連獅子により、白の親獅子・赤の子獅子が現れて、紅白の牡丹 (正先に置か
れた一畳台二基) に舞い戯れる。
親獅子の 明生、子獅子の 粟谷浩之 (42才) が、小気味よい囃子の奏演に乗って、
胸のすくような鮮やかな連舞を見せてくれた。
(20分) 169/1214
2009-10-11 Sun
10月10日(土) 曇 国立普及公演 於:国立能楽堂 開演 午後1時〜終演 3時25分
10月の国立能楽堂普及公演で、能1番・狂言1番の上演。見所は、若干の空席あるが
ほぼ満員である。
「綾 鼓」
シテ/前 庭掃きの老人・後 老人の怨霊 松野恭憲 (金剛流)
シテツレ/女御 廣田泰能 ワキ/臣下 殿田謙吉 アイ/従者 大蔵吉次郎
囃子方/笛 一噌庸二・小鼓 林 光壽・大鼓 柿原崇志・太鼓 三島元太郎
地謡/頭 今井清隆・副 宇高通成 後見/主 廣田幸稔・副 豊嶋幸洋
能柄:四番目・執心男物 所:筑前・木の丸御所 季節:秋・八月 作者:不明
主人公は、女御を一目見て恋に落ちた、御所の庭掃き老人である。
池辺の桂の木に掛けた鼓の音が、御所に聞こえたら女御が姿を見せるとの約束に、
老人は必死に鼓を打つが鳴らない。綾絹張りの鼓が鳴るはずもなく、絶望した老人
は池に身を投げる。だが、池中から死霊となって現れると、女御に鳴らぬ鼓を打て
と さんざん打擲する。やがて、女御に執心の恨みを残しつつ、悪蛇となって水底
深く消えて行く。
世阿弥の「能作書」に、「戀の重荷、昔の綾の太鼓也」とあって、本曲は この
「綾の太鼓」を改作したものとか。「綾の鼓」は 金剛・宝生流にあり、喜多流の
それは詞章に著しく異同がある。観世・金春流には、類曲「恋の重荷」がある。
正先に、立木に鼓を付けた台の作り物を置く。執心男物の劇能で、6度目の観賞と
なる。因に「恋の重荷」は 8度観ている。
シテ 松野恭憲 (69才) は、金剛流のベテランでスケールの大きな芸が持ち味。
だが、巨体を支える足腰の衰えは近時隠しようもない。一方、声は衰えず艶のある
謡は相変わらず強い。本曲の曲趣は、松野の芸風に相応しいと思うが、随所にハラ
ハラする場面〈 下居に尻椅子をあてがい、立つ際にバランスを崩し、ハコビや
足拍子に上体がぐらつく 〉が見られ、全体を安心して観られる舞台ではなかった。
しかし、笞を振り上げ、女御を責め立てるリアル感は凄かった。
金剛地謡の、厚みと重量感のある響きが素晴らしい。
(70分) 166/1211
2009-10-10 Sat
10月9日(金) 晴 銕仙会定例公演 於:宝生能楽堂 開演 午後6時〜終演 9時10月の銕仙会定例公演で、能2番・狂言1番の上演。見所は、若干空席があるが ほぼ
満員である。
「鳥追舟」小書:大返
シテ/日暮の某の 北ノ方 大槻文蔵 (観世流) 子方/花若 小早川康充
ワキ/日暮の某 宝生 閑 ワキ/家臣 左近尉 宝生欣哉
アイ/日暮の某の供人 深田博治
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 大倉源次郎・大鼓 亀井忠雄
地謡/頭 浅見真州・副 若松健史 後見/主 野村四郎.副 北浪昭雄
能柄:四番目・狂女物 所:薩摩・日暮の里 季節:秋・九月 作者:不明
主人公は、訴訟のため都に十余年も留まる、領主日暮の某の北ノ方 (妻) である。
留守を預かる家臣 左近尉は、領主の妻子 (北ノ方・花若) を守り養っている。だが、
余りにも長期にわたる主君不在に、如何に忠臣と云えども我慢が限界を超える。
この秋人手不足もあって、賤しき業 (田を荒らす鳥追いの仕事) を 花若に言い渡す。
人目を恥じながら、鳥追舟に乗り 狂おしく群鳥を追い立てる母と子。
一方、訴訟事の解決で帰国の途についた 日暮の某が、その事実を知って激怒し、
左近尉を成敗しようとする。しかし、妻に諌められ、自らの非も認めて 左近尉を
許す。
一場物の現在能で、北ノ方・花若・日暮の某・左近尉 が絡み合って、劇的展開を
楽しめる作品である。中入後、笹竹を立て羯鼓を付け、鳴子で飾った「鳥追舟」の
作り物を出す。ワキ方の大役 左近尉を、日暮の某とともに両ワキとする。あまり
出ない曲で、2度目の観賞。
シテ・子方・両ワキの演者に、演技力・芝居心がないと この曲は勤まらない。
その点、シテ 大槻文蔵 (67才)・子方 小早川康充 (12才)・ワキ 宝生 閑 (75才)・
ワキ 宝生欣哉 (42才) の配役は まさに適役。役者が揃って、実に面白い舞台を見せ
てくれた。
(70分) 164/1209
「邯 鄲」
シテ/盧生 鵜澤 久 (観世流) 子方/舞童 後藤眞琴
ワキ/勅使 殿田謙吉 ワキツレ/輿舁 宝生欣哉・御厨誠吾 /大臣 大日方 寛・
野口能弘・梅村昌功 アイ/宿の女主人 高野和憲
囃子方/笛 藤田六郎兵衛・小鼓 幸 正昭・大鼓 佃 良勝・太鼓 観世元伯
地謡/頭 山本順之・副 浅井文義 後見/主 観世銕之丞・副 永島忠侈
典拠:「枕中記」「太平記」 能柄:四番目・唐物 所:中国・邯鄲の里
作者:不明
主人公は、人生の真理に迷う青年 盧生である。
聖僧を尋ねて、蜀の国から楚の国羊飛山に向う。途次、立寄った宿の女主人に勧め
られ、不思議な枕で暫しの眠りにつく。突如、楚の国の王位に即き、酒宴で舞に興
じ、栄耀栄華の限りを尽くす。しかし、五十年の栄華は、粟飯が炊けるほどの時の
経過、全ては夢の中の出来事であった。眠りから覚めた 盧生は、悟りを得て故郷に
帰って行く。脇座の一畳台上に、作り物の「引立大宮」を置く。人気曲で、14度目
の観賞。
シテ 鵜澤 久 (59才) は、女流能楽師の実力ナンバーワン。今日も、ケレン味のない
真摯な演技で 見所を魅了した。
豊かでふくよかな謡、小柄ながら男性顔負けの 舞・型・所作 の切れ味、内なる
気合いも充実して、悩める青年 盧生を 瑞々しく舞った。
(80分) 165/1210
2009-10-07 Wed
10月5日(月) 雨 能楽研鑽会 於:国立能楽堂 開演 午後4時〜終演 7時10分独立行政法人 日本芸術文化振興会主催の、第十七回「能楽研鑽会」で、プロの能・狂言
役者として修行中の若手、研修生・研究生の発表公演である。能1番・狂言1番・舞囃子
5番・間語1番の上演で、入場料は無料。見所は、7〜8分の入りである。
出演者は、研修生 3・研究生 29の計 32名、賛助出演 21を入れて総勢 53名である。
「花 月」
シテ/花月 小倉伸二郎 (宝生流)
ワキ/旅僧 御厨誠吾 アイ/門前の者 石田幸雄
囃子方/笛 栗林祐輔・小鼓 大山容子・大鼓 佃 良太郎
地謡/頭 今井泰行・副 野月 聡 後見/主 宝生和英・副 渡邊茂人
能柄:四番目・芸尽物 所:京・清水寺境内 季節:春・二月 作者:不明
主人公は、花月と名乗る遊芸人の美少年である。
父と子の再会劇であるが、花月が見せる〈恋の小歌・弓ノ段・クセ舞・羯鼓ノ舞〉
などの芸尽くしが、見どころ聞きどころとなる。
シテ 小倉伸二郎 (34才) が、軽やかな謡と舞で、若々しく楽しい舞台を見せてくれた。
それに、弾むような地謡の響きが心地良かった。また、囃子方の研修生が健闘した。
(50分) 163/1208
今日の出演者、研修生がたったの 3名は寂しいが、研究生 29名の中には、本舞台を
既に何回も踏んで活躍中の者が多数いる。技量は未熟ながら、彼らのエネルギッシュ
でアグレッシブな舞台態度はまことに美しい。さらに修錬を積んで、能楽界を支える
勢力になって欲しい。
今日の舞台で、特に目についた研修生・研究生は、狂言「八島」アイ語り 村井一之、
舞囃子「野守」坂口貴信、同「養老」大槻崇充、囃子方 笛 栗林祐輔、同 小野寺竜一、
小鼓 田邊恭資 らである。
2009-10-06 Tue
10月4日(日) 曇 観世會秋乃別會 於:観世能楽堂 開演 午前11時〜終演 午後4時30分
観世会の秋の別会公演で、能3番・狂言1番・仕舞4番の上演。見所は、8分ほどの入り
である。
「 鷺 」
シテ/鷺 寺井 栄 シテツレ/帝 武田志房
ワキ/蔵人 宝生欣哉 ワキツレ/侍臣 工藤和哉・高井松男 /輿舁 大日方 寛・
梅村昌功 /臣 則久英志・御厨誠吾・野口能弘 アイ/官人 山本則重
囃子方/笛 松田弘之・小鼓 大倉源次郎・大鼓 佃 良勝・太鼓 金春惣右衛門
地謡/頭 坂井音重・副 中島志津夫 後見/主 野村四郎・副 観世芳伸
能柄:四番目物 所:京・神泉苑 季節:夏・六月 作者:不明
主人公は 鷺であるが、超人間的な趣を出すことを主眼とする曲である。
シテ役は、原則として少年または還暦を過ぎた者とされ、直面で白一色 (白垂・白練・
白大口・鷺立物 ) の出立ちとなる。
シテ 寺井 栄 (62才) は、地味ではあるが堅実な芸で知られる。抜き足の所作を入れた
「鷺乱」を、品位を保ちながら清楚に舞った。
シテツレ 武田志房 (67才) の姿態・発声は、高貴な帝の雰囲気が出ていて秀逸。
(40分) 160/1205
「卒都婆小町」
シテ/小野小町 (老女) 山階弥右衛門
ワキ/旅僧 宝生 閑 ワキツレ/同行の僧 殿田謙吉
囃子方/笛 一噌庸二・小鼓 観世新九郎・大鼓 安福建雄
地謡/頭 武田宗和・副 岡 久広 後見/主 観世清和・副 木月孚行
典拠:「玉造小町子壮衰書」 能柄:四番目・老女物 所:山城・鳥羽
季節:秋・九月 作者:観阿弥
主人公は、出羽の郡司 小野良実の娘、小野小町である。
老女物五曲の内の一つで、舞事のない現在進行形の能である。物狂いや劇的展開の
ある面白い曲だが、演者にとっては難曲のようだ。
曾て、才色兼備を誇った小町だが、今や百歳の乞食婆に身を窶す。高僧の説諭を論
破して気位の高さを示すが、突如 深草少将の霊が憑依して狂乱状態となる。そして、
少将形見の烏帽子・長絹を着け、百夜通いの有様を見せる。
シテ 山階弥右衛門 (48才) の老女物の挑戦であるが、あまりにも老態を意識し過ぎ
たのではないか。謡・型・所作が消極的で、些かあざとい芸の印象を受けた。
つい先月、関根祥六 (78才) の「卒都婆小町」(一度之次第) を観たばかりだが、
祥六の舞台は、自然体ながら迫真の演技で見所を圧倒した。ここで、祥六と山階の
芸を比較するのは酷だが、年齢差・経験値だけでは計れない、能芸の奥深さをつく
づく感じた。
(95分) 161/1206
「天 鼓」小書:弄鼓之舞
シテ/前 王伯・後 天鼓 関根祥六
ワキ/勅使 村瀬 純 アイ/官人 山本則孝
囃子方/笛 一噌隆之・小鼓 鵜澤洋太郎・大鼓 國川 純・太鼓 観世元伯
地謡/頭 角 寛次朗・副 高橋 弘 後見/主 観世恭秀・副 津田和忠
能柄:四番目・唐物 所:中国・阿房宮〜呂水畔 季節:秋・七月
作者:一説に 世阿弥
主人公は、前場は殺された 天鼓の父親 王伯で、後場は子供の 天鼓の霊となって現
れる。前段と後段で、シテの人格が変わる曲である。正先に、立派な「羯鼓台」の
作り物を置く。
シテ 関根祥六 (78才) が、前場は我が子を失い憔悴した老父役を、後場は管弦講に
謝し歓喜の舞〈楽〉を舞う 天鼓役を好演した。特に後場では、〈楽〉から終曲に
かけダイナミックに展開する舞を、息もあがらず所作の崩れもなく一気に舞い上げ
た。超ベテラン 祥六の、気力・体力・精神力に改めて感服する。
(85分) 162/1207
2009-10-05 Mon
10月3日(土) 雨後曇 浅見真州の会 於:国立能楽堂開演 午後4時〜終演 8時20分
第十八回 浅見真州の会、蝋燭の照明による「姨捨」である。能1番・狂言1番・仕舞
3番・一調1番の上演で、見所はぎっしり満員である。
「姨 捨」
シテ/前 老女・後 老女の霊 浅見真州 (観世流)
ワキ/都の者 宝生欣哉 ワキツレ/同行の者 大日方 寛・梅村昌功
アイ/里人 野村万蔵
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 林 光寿・大鼓 亀井広忠・太鼓 金春国和
地謡/頭 浅井文義・副 岡 久広 後見/主 大槻文蔵・副 浅見慈一
典拠:「大和物語」「今昔物語」 能柄:三番目・老女物 所:信濃・姨捨山
季節:秋・八月 作者:世阿弥
主人公は、名もない老女で、姨捨山に捨てられ亡霊となって現れる。
能の秘曲で、老女物の最高峰と云われる。浅見真州 (68才) は、平成11年の初演以来
10年振りの舞台とか。
老女が姨捨山に捨てられるという悲惨な物語だが、寧ろ月の下で老女がひとり舞遊ぶ
という幻想的な能として捉え、それを感じさせてくれる名手 真州の舞台を期待する。
当方、9度目の観賞。
今回の上演では、常の「姨捨」とは異なる二つの演出がある。一つは蝋燭照明で、
もう一つは 累代観世大夫「姨捨演能型付」(今般 清和宗家より給わる) により、前場
を姥面を掛けた老女出立にしたことだ。この他にも、様々な演出上の工夫が為された
であろうが不明である。
燭台が、舞台周りの白洲にずらりと並び、橋掛りまで延びてその数 22台。見所は
暗やみとなり、舞台天井の照明をかなり落とすと、蝋燭の灯りがやわらかく演者を
つつむ。だが、敢えて蝋燭能にした意図は疑問符。前シテの、老女出立は抵抗ない。
前場、都の者 (ワキと同行者) が、姨捨山に月を見にやってくる。前シテ老女が、旅
人に呼びかけて問答となる。老女は旅人に姨捨の旧跡を教え、月の下夜遊で慰めよう
と語り姿を消す。問答中心の展開で、シテ 真州とワキ 宝生欣哉 (42才) が、曲趣に
相応しい雰囲気を作る。
(中入)アイ 野村万蔵 (43才) が、歯切れよく明快に「姨捨伝説」を語る。ここまで
およそ 60分、格別な盛り上がりもなくたんたんと進む。
後場、ワキノ待謡と一声で後シテ老女の霊が現れる。老女は、月を愛で昔を懐古して
月の光に興じる。そして「太鼓序之舞」を舞うが、やがて夜も白々と明け旅人が去る
と、老女はまたひとり姨捨山に取り残される。
「姨捨」は、他の老女物 (「檜垣」「関寺小町」「卒都婆小町」「鸚鵡小町」) とは、
趣を異にする。後場の 100分が曲の主題となり、姨捨山に捨てられた名もない女人
の一生を、月の光とともに詩情的に描いてみせる。
真州は、この後場を、余韻寂々として幻想的な舞で見所を魅了した。
上演時間は 2時間40分、技量・力量に加え気力充ち満ちた 真州の、長時間を感じさ
せない、まさに名舞台であった。
地謡は、地頭 浅井文義 (60才) の、謡のクセが時おり耳障りで少々不満。囃子方は、
調和のとれた素晴らしい奏演で十分満足した。
過去観た名舞台、友枝昭世 (喜多流・H16.4.6) の「伯母捨」、観世栄夫 (観世流・
H16.10.17) の「姨捨」に比肩する、真州の「姨捨」であった。
終演後、能楽堂を出て見上げた空に、中秋の名月が恰も名舞台を讃えるが如くひかり
輝いていた。
(160分) 159/1204
2009-10-01 Thu
9月30日(水) 雨 銕仙会青山能 於:銕仙会能楽研修所開演 午後6時30分〜終演 8時30分
能1番・狂言1番・仕舞1番の上演。小振りな見所 (定員200) は、6分ほどの入り。
「龍 田」
シテ/前 神巫・後 龍田明神 浅見慈一 (観世流)
ワキ/旅僧 則久英志 ワキツレ/従僧 舘田善博・野口能弘
アイ/里人 高澤祐介
囃子方/笛 藤田次郎・小鼓 森 貴史・大鼓 亀井広忠・太鼓 助川 治
地謡/頭 柴田 稔・副 小早川 修 後見/主 観世銕之丞・副 長山桂三
典拠:「古今集」ほか 能柄:四番目・夜神楽物 所:大和・龍田
季節:冬・十一月 作者:一説に 金春禅竹
主人公は、神巫すなわち、龍田姫の神霊 龍田明神である。
前段はシテとワキとの問答が中心、後段は神田明神のクセ舞から「夜神楽」の舞が
見どころとなる。大小前の一畳台上に、作り物の「小宮」を置く。
シテ 浅見慈一 (44才) は、銕仙会と果迢会で舞台に立つが、近時やや精彩がないよう
に感じる。張りのある声質だが、謡は少々一本調子で味わいに乏しい。
前場は、シテとワキの長い問答が続くが、慈一の大声と 則久の甲高い声が張り合って
小振りな見所だけに、あまり聞き心地の良いものではなかった。
後場のシテは、龍田明神に姿を替えて舞中心の展開となる。クセ舞は まろやかな地謡
に乗り、「夜神楽」では歯切れのよい囃子に乗って、まずまずの舞を見せてくれた。
だが、全体では可もなく不可もない、平凡な舞台といった印象である。
(85分) 158/1203
2009-09-29 Tue
Blogの Author 名を「能楽兎者」(のうらくとしゃ) とし、「能 観たまんま」のひと言紹介の中に「能楽者」と入れていると、プロの「能楽師」の Blogかと、勘違いされる
方が結構いる。
どこの流儀の能楽師ですかとか、本名は何というのですか、などと問われる。Blogの
中身を読めば、能好き者の拙い感想文だと判るのだが。
『広辞苑』
のうがく [能楽] 日本芸能の一つで、能と狂言との総称。
のうがくし [能楽師] 能役者と同じで、能を演じる役者。
のうらく [能楽] のらりくらりと遊んでくらすこと、また、そういう人。
のうらくもの [能楽者] のらくら者。
[楽] の頭に [能] をのせ、(がく) と (らく) を読み違えると、天地ほどの誤解が生じる。
[兎] は、十二支の四番目 卯年生まれ故 入れこんだもの。毎日が日曜日の身にとっては、
これほど現況を表わす言葉はない。
誰も [古稀] を祝ってくれる者なし、然らば自ら祝おうと故郷の同窓同期が談合して、
地元愛知県の西浦温泉宿に、60名ほどの老翁・姥が集合した。皆が、齢に不似合いの
ハシャギようで盛り上がった。
しかし、能を観たことあるかの問いかけに、ほとんど反応なし。日本の伝統芸能の貧
しさに、同室のイビキも加わり寝付きが悪かった。
元の職場の、元お偉い方 8人ほどの集まりの、幹事役を仰せつかっている。一回だけ
薪能を観たことあるぞ、の声以外は、ここでも話の進展はなし。
意を決して、国立能楽堂で能と狂言を観る会を提案。死ぬまでに一度は観ておきたい、
という前向きな意見?も出て、12月2日の国立定例公演の観賞を決定。やれやれ。
2009-09-28 Mon
主な能楽観賞03(土) 浅見真州の会・国立能楽堂
「姥 捨」(浅見真州)
04(日) 観世会秋の別会・観世能楽堂
「 鷺 」(寺井 栄)・「卒都婆小町」(山階弥右衛門)・「天 鼓」(関根祥六)
09(金) 銕仙会定期公演・宝生能楽堂
「鳥追舟」(大槻文蔵)・「邯 鄲」(鵜澤 久)
10(土) 国立普及公演・国立能楽堂
「綾 鼓」(松野恭憲)
11(日) 粟谷能の会・国立能楽堂
「通小町」(粟谷明生)・「葛 城」(粟谷能夫)・「石 橋」(粟谷明生)
12(祝) 山井綱雄之會・国立能楽堂
「葵 上」(山井綱雄)
16(金) 国立定例公演・国立能楽堂
「江 口」(観世清和)
20(火) 藤田六郎兵衛 舞台五十周年記念公演・国立能楽堂
「清 経」(観世清和)・「石 橋」(大槻文蔵)
21(水) 能を知る会・国立能楽堂
「求 塚」(中森貫太)
24(土) 長島 茂の会・喜多能楽堂
「柏 崎」(長島 茂)
25(日) 喜多流職分会自主公演・喜多能楽堂
「清 経」(高林呻二)・「三井寺」(香川靖嗣)・「 融 」(佐々木宗生)
31(土) 国立特別公演・国立能楽堂
「松 尾」(田崎隆三)・「定 家」(関根祥六)
受 講
「名作能への誘い」(川名 宏)・「能に親しむ会」(堀上 謙)
2009-09-27 Sun
9月26日(土) 晴 喜多流「青年能」 於:喜多能楽堂 開演 午後12時〜終演 4時45分
第三十回 喜多流の青年能で、能3番・狂言1番の上演。見所は、補助椅子が出るほど
の盛況である。
「清 経」
シテ/平清経の霊 井上真也 シテツレ/清経の妻 塩津圭介
ワキ/粟津三郎 野口敦弘
囃子方/笛 槻宅 聡・小鼓 森澤勇司・大鼓 原岡一之
地謡/頭 大村 定・副 内田成信 後見/主 佐藤章雄・副 友枝雄太郎
典拠:「平家物語」「源平盛衰記」 能柄:二番目・公達物 所:京・清経邸
季節:秋・九月 作者:世阿弥
主人公は、平家の公達で敗軍の将 平清経である。
戦場の討死ではなく、豊前の柳ケ浦に入水して果てた。現世と幽界の交差する狭間
に、夫婦の情愛と戦いの虚しさを、詩情豊かに描いた秋の名作である。上演回数も
多く、22度目の観賞。
「青年能」ゆえ、シテ 井上真也 (39才)・シテツレ 塩津圭介 (24才) という若手、
さらにワキも若い 野口能弘と思いきや、代演 野口敦弘 (71才・能弘の父親)で少々
がっかり。敦弘の弱い謡より、息子 能弘の力強いワキ謡を聞きたかった。
それはともかく、真也・圭介の好演で、若手らしい清新な舞台を楽しめた。
ただ、真也の謡・語りの、唸るような気張った発声がどうにも気になった。声質は
悪くないので、このクセを鍛え直す必要があろう。一方、型や所作などの動きが、
大分洗練されてきた。それだけ、力量・技量が上がってきた証で頼もしい。
(65分) 155/1200
「斑 女」
シテ/前 遊女 斑女・後 斑女 大島輝久
ワキ/吉田少将 舘田善博 ワキツレ/従者 森 常太郎・御厨誠吾
アイ/野上宿の長 高野和憲
囃子方/笛 一噌幸弘・小鼓 観世新九郎・大鼓 柿原光博
地謡/頭 長島 茂・副 金子敬一郎 後見/主 大島政允・副 狩野祐一
能柄:四番目・狂女物 所:美濃・野上〜京・下賀茂神社 季節:秋・七月
作者:世阿弥
主人公は、野上の遊女・花子である。吉田少将との契りが忘れられず、形見の扇を
胸に物狂いとなって、下賀茂神社にたどり着く。そこで、かつて取り交わした扇の
縁で再会を果たす。遊女の、ひたむきな恋が実るという、美しい情の世界を描いた
人気曲。12度目の観賞。
「狂言口開」で 一曲が始まる。前場は短いが、アイの女主人と シテ遊女との強烈
なバトル (もっとも女主人の一方的な攻撃だが)は、後段の、男と女の妖艶な劇的
展開にまことに効果的である。
シテ 大島輝久 (32才) が、恋に生きる一途な女を見事に演じ切った。この齢で、
これほどしっぽりとした、濃艶な趣を出せる役者は他流にもいない。彼の謡は、声
量もあり、声の張り伸びは天性のものがある。型や所作の佳さに加え、立姿が美し
いのは、流儀の最高峰 友枝昭世に通ずるものがある。これからも修錬を積み、芸域
を広げ大成して欲しい。
(85分) 156/1201
「鵜 飼」
シテ/前 鵜使の霊・後 鬼神(閻魔王) 佐藤寛泰
ワキ/旅僧 則久英志 ワキツレ/従僧 御厨誠吾 アイ/石和の里人 竹山悠樹
囃子方/笛 藤田貴寛・小鼓 住駒充彦・大鼓 佃 良太郎・太鼓 小寺真佐人
地謡/頭 狩野了一・副 粟谷浩之 後見/主 谷 大作・副 高林昌司
能柄:五番目・鬼物 所:甲斐・石和川 季節:夏・五月
作者:原作 榎並左衛門・改作 世阿弥
主人公は、前場が鵜使の老翁、後場は別人格の地獄の鬼神 (閻魔王) である。
禁漁区を侵し処刑された老翁だが、地獄の鬼神から、生前の一僧一宿の功力により
成仏が叶えられる。前段の、殺生を生業とする非情かつ凄惨な場面から、後段は、
法華経の徳を礼讃する展開となる。暗い曲だが、型どころが多く魅力的な作品。
8度目の観賞。
若きシテ 佐藤寛泰 (30才?) の、精一杯さと誠意は伝わるが、何せ詞章があいまい
で聞き取れない謡では、酷だが能にはならない。前段の長い謡と語りは、声量も
乏しく、それでいて変に気張るから甚だ聞き心地悪い。見どころ「鵜ノ段」や、
後段の閻魔王の型や動きは、それほど悪くはない。未だ彼は若い、謡の礎からやり
直す覚悟が必要であろう。
(70分) 157/1202
喜多流青年能の良さは、子方から成長した能役者のタマゴを積極的に舞台に出し、
多くの経験を積ませることだと思う。今日も、粟谷尚生・友枝雄太郎・狩野祐一・
谷 友矩・高橋昌司 らが、地謡や後見で舞台に立った。他流には、見られないこと
である。そこでの失敗は些細なこと、寧ろ本人にとっては、これからの長い役者道
にプラスとなる。
2009-09-24 Thu
9月23日(祝) 曇 第三十六回「能と狂言の鑑賞会」〜伊勢物語夢幻〜 於:国立能楽堂開演 午後2時〜終演 5時10分
「眞双会」主催の公演で、能1番・狂言1番・仕舞2番の上演。見所は ほぼ満員である。
この会は、観世流九皐会 坂 真太郎 (36才) の後援会である。
「井 筒」
シテ/前 里女・後 紀有常の娘の霊 坂 真太郎 (観世流)
ワキ/旅僧 宝生 閑 アイ/里人 野村扇丞
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 鵜澤洋太郎・大鼓 柿原崇志
地謡/頭 野村四郎・副 観世喜正 後見/主 観世喜之・副 奥川恒治
典拠:「伊勢物語」 能柄:三番目・本鬘物 所:大和・在原寺 季節:秋・九月
作者:世阿弥
主人公は、井筒の女と称された 紀有常の娘で、在原業平の妻である。
作者の 世阿弥が「井筒上花也」と自賛する秋の名曲で、人気が高く上演回数も多い。
正先に、すすきを付けた「井筒の台」の作り物を出す。21度目の観賞。
シテ 坂 真太郎は、小柄ながら声量が豊富で足腰がしっかりしており、期待の若手能
役者のひとりである。今日の舞台も期待に違わず、2時間近い長丁場を清新な雰囲気
で貫き通した。未だ若いが、技量・力量ともにハイレベルのものを持つ。
全体でも、好舞台であったが、地謡には不満がある。せっかく、地頭に銕仙会から
野村四郎を招きながら、副地頭 観世喜正や九皐会メンバーとの折合いが悪く、心地
よい地謡が聞けなかったのは残念なこと。九皐会は、もっと地謡に力を入れるべき
だと、常々思っている。
(110分) 154/1199
2009-09-23 Wed
9月22日(祝) 曇 「三聲會」公演 於:国立能楽堂 開演 午後2時〜終演 6時50分
「三聲會」の第五回記念公演で、能1番・狂言1番・舞囃子1番・仕舞6番・小舞3番の
上演。見所は、賑やかに満員である。
三聲會のメンバーは、馬野正基 (シテ方・観世流)・竹市 学 (笛方・藤田流)・舘田善博
(ワキ方・下掛宝生流)・山本則孝 (狂言方・大蔵流)・山本泰太郎 (狂言方・大蔵流)の
5人で、結成は平成19年4月である。
今日は、馬野が 能「道成寺」を、泰太郎が 狂言「花子」に挑戦する。
「道成寺」小書:赤頭・中之段数拍子・無拍子之崩
シテ/前 白拍子・後 鬼女 (蛇体) 馬野正基
ワキ/道成寺住職 舘田善博 ワキツレ/従僧 御厨誠吾・森 常太郎
オモアイ/能力 山本則孝 アドアイ/能力 山本則秀
囃子方/笛 竹市 学・小鼓 観世新九郎・大鼓 亀井広忠・太鼓 観世元伯
地謡/頭 観世銕之丞・副 浅見真州 後見/主 野村四郎・副 清水寛二
鐘後見/主 浅井文義・副 浅見慈一
典拠:「日本法華験記」「道成寺縁起」 能柄:四番目・鬼女物
所:紀伊・道成寺 季節:春・三月 作者:一説に 観世小次郎信光
主人公は、白拍子変じて鬼女 (蛇体) である。
作り物の大鐘が、舞台天井に吊り上げられる。23度目の観賞となる。
シテ 馬野正基 (43才) は、銕仙会のホープで若き実力者、「道成寺」は 小書を付けて
2度目の挑戦。
大鐘が天井に収まると、名ノリの次第でワキ (住職) 舘田善博 (36才) が、従僧とオモ
アイ (能力) 山本則孝 (35才) を引き連れて登場する。舘田の緊張した名ノリ、則孝の
ゆっくりした所作と触レ、いやが上にも緊張感が高まる。
習ノ次第で、前シテ (白拍子) 馬野が現れ舞台常座に立つ。紅入唐織 縫箔 鱗摺箔の壷
折出立、掛けた面は「増女」か。シテ「作りし罪も消えぬべし … 」と、低く抑えた
発声から、名ノリ・上ゲ歌・着キゼリフと続くが、丁寧にじっくりと謡い進む。
能力に鐘の供養を拒まれるが、舞を奉納することで許される。物着で烏帽子を被り、
一の松で鐘を遠く見込むと、大鼓の急調でさっと舞台に入る。ただならぬ雰囲気に、
見所は固唾をのむ。
小鼓方が、静かに構えて注目の乱拍子へ。乱拍子では、鼓の打音で左回りに進み足拍
子を七つ踏む。乱拍子謡では、右廻りに進みやはり七つの足拍子。この間凡そ30分、
気合いのこもった緊張感が持続して、あまり長くは感じなかった。
次いで、急ノ舞で烏帽子を飛ばし、ノリ地から地謡の力強い後押しで鐘の下に入り、
足拍子を踏んで高く飛び上がる。と、絶妙のタイミングで大鐘が落ちた。
アイ二人の滑稽な演技のあと、住職の寺に伝わる物語が語られる。舘田の語りは、
やや硬いが なかなか聞かせる。ノットで僧らの祈祷が始まると、大鐘が激しく動き
中からドラの鳴る音。大鐘が引き上がると、白練を被り うずくまる 後シテ (鬼女=
蛇体) の姿が。赤頭に鱗摺箔 緋の長袴、やや白みを帯びた「般若」の面を掛け、手
に打杖を持つ。
些か長袴の着付けが不味だが、鱗落シ・柱巻キの型をさらりと決めると、僧との激し
い闘いが繰り広げられる。だが、やがて僧に祈り伏せられ、日高川の深淵に姿を消す。
馬野は終盤息切れしたか、鐘入り前までの動きに比べて やや精彩を欠いた。
小鼓の 観世新九郎 (43才)・笛の 竹市 学 (36才)・大鼓の 亀井広忠 (34才)・太鼓の
観世元伯 (42才) ら、若い実力者揃いの囃子方が素晴らしかった。
全体では、全演者に一体感があり、実に見応えある「道成寺」となった。
先般 (7月18日) 観た、関根祥人 (50才・観世流) の「道成寺」(小書:赤頭・中之段
数拍子・無拍子之崩・五段之舞) の、高レベルの舞台と比べても遜色がない。
(110分) 153/1198
この他、山本泰太郎 (37才) の狂言「花子」が、素晴らしい舞台であった。泰太郎は
初演ではないが、「釣狐」と並ぶ 重イ習の曲を、山本則重 (31才) 相手に熱演した。
三聲會メンバーの力演で、第五回の記念公演に相応しい成果であった。
2009-09-21 Mon
9月20日(日) 晴 櫻間金記乃會 於:国立能楽堂 開演 午後2時〜終演 5時55分故瀬尾乃武・櫻間辰之 十三回忌追善、第18回「櫻間金記乃會」で、能2番・狂言1番・
仕舞1番・一調1番の上演。主宰の 櫻間金記 (金春流) が能2番を舞い、観世流から
関根祥六を招き、一調「遊行柳」(太鼓・金春惣右衛門) を聞かせる。
見所は、8分ほどの入りである。
「蝉 丸」
シテ/逆髪 櫻間金記 シテツレ/蝉丸 鈴木圭介
ワキ/廷臣 清貫 森 常好 ワキツレ/輿舁 舘田善博・森 常太郎
アイ/博雅三位 野村 萬
囃子方/笛 一噌仙幸・小鼓 幸 清次郎・大鼓 亀井忠雄
地謡/頭 本田光洋・副 吉場廣明 後見/主 守家泰利・副 山中一馬
典拠:「今昔物語」「平家物語」 能柄:四番目・狂女物 所:近江・逢坂山
季節:秋・八月 作者:世阿弥
主人公は、醍醐天皇の第三皇女 逆髪であるが、弟宮の第四皇子 蝉丸も主役級である。
幼少から盲目の 蝉丸は、父帝の命で逢坂山の山中に放逐され剃髪出家する。姉宮の
逆髪も、髪が逆立つ奇病ゆえ心乱れ、諸国を放浪し逢坂山にたどり着く。そこで、
逆髪は琵琶の名手 蝉丸の弾く音色を聞きつけ、姉・弟宮は涙の再会を果たす。だが、
やがて二人は再び別れ別れとなる。一場物の劇能で、脇座に簡素な藁屋の作り物を
出す。
シテ 櫻間金記 (65才) は、古武士的・いぶし銀の魅力を湛えた役者だ。今日の舞台
も、その味わいは十分出ていたが、二つほど不満な点がある。一つは、逆髪の面と
装束である。面は、増女系のややつり目で鼻すじが通った細面、なかなか気品のあ
る面だ。それに黒頭をつけたが、これがまことに不つり合い。さらに、装束〈紅入
唐織脱下〉の着付けが不味で、腹・腰回りの すっきりさがない。
二つ目は配役で、ツレ役 鈴木圭介の舞台を観たことがない。解説書によると、金春
青年能の時代から 金記の朋友で、1943年生まれ(65才)、長岡に在って伴馬・弓川
以来の芸統を継いでいる とか。ツレ蝉丸は重要な役、実績の乏しい役者では勤まら
ない。前半の謡や所作は悪くはなかったが、後半は、謡が だらけて所作の不器用さ
が目立った。
他の三役は、全て一級の演者を揃えて実力通りの出来、地謡陣は張りと抑揚に乏し
く、あまり聞き心地のよい地謡ではなかった。
(90分) 151/1196
「藤 永」
シテ/芦屋藤永 櫻間金記 子方/月若 酒井夏来
シテツレ/鳴尾某 本田光洋 /立衆 鳴尾従者 山中一馬・鈴木一策・庄司友芳・
柴田健一・本田布由樹
ワキ/最明寺入道時頼 宝生 閑 ワキツレ/月若の家人 大日方 寛
アイ/能力 山本東次郎 /太刀持 山本則重
囃子方/笛 松田弘之・小鼓 曽和正博・大鼓 大倉正之助・太鼓 小寺佐七
地謡/頭 高橋 汎・副 金春安明 後見/主 横山紳一・副 野村 雅
典拠:「増鏡」「太平記」 能柄:四番目・芸尽物 所:摂津・芦屋
季節:春・三月 作者:不明
主人公は、領主 藤左衛門の死後、領地を奪った悪人 藤永である。藤永は、領主の
息子 月若の叔父である。政道を正すため、行脚僧となって西国に下った最明寺入道
時頼が、事情を知って 藤永を責め立て、月若の許に領地を返還させる。
藤永が、道ならぬ栄華を誇って「男舞」「羯鼓」を舞う芸尽くしの曲で、一場物・
直面で演じる劇能である。めったに上演されない稀曲で、金春流では 40年振りの
上演である。類曲に「鉢木」がある。観世流にはなく、宝生・金剛流は「藤栄」と
記す。
演者に、シテ 櫻間金記、シテツレ 本田光洋、ワキ 宝生 閑、アイ 山本東次郎 と
名役者が揃って、場面展開が複雑で変化の激しい能であったが、なかなか面白い
舞台を見せてくれた。
金記の、悪党振りがよく似合ったし、舞や型はさすがという動き。悪を質す 閑の
凄み、東次郎の軽妙な語りと動きも楽しめた。もっとも、光洋の働きが少ないのが
もの足りなかったが。囃子は、大鼓の打音が弱かったが概ね満足、地謡の張りの
ある響きが心地良かった。
(65分) 152/1197

